美術展命の男のブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

岐阜県美術館 『象徴派展』を見に行く その5

第3章 ナビ派とジャポニスム

ナビ派の誕生は、1888年の秋にポール・セリュジエが、フランス北西部ブルターニュ地方のポンタヴェンで、ゴーギャンと出会ったところから始まります。セルュジエはゴーギャンの指導の下、1枚の風景画を描きます。「この木は君にはどう見える?」「黄色かね。では黄色を塗りたまえ。この影はどちらというと青だ。ならば混じりけのないウルトラマリンを塗りなさい」。彼はその作品をパリへ持ち帰って画塾アカデミー・ジュリアンの仲間たち-ドニ、ボナール、ランソン、ィベル-にこの体験を物語りました。セリュジエの小さな風景画《ポンタヴェンの愛の森》は、アカデミックな画壇に反抗心を抱いていた画家たちにとって、新しい絵画への啓示にも等しく、《タリスマン(護符)》と呼ばれるようになります。これが端緒となって、ナビ派というグループが結成されました。

セリュジエを通して、ナビ派の美術家たちがゴーギャンから教わったことは、色彩と形態の抽象化と再構築を通して、自然の外観の奥にある本質的なものの関係を示すという総合主義の思想でした。神秘的で野生に満ちたブルターニュの宗教や習俗も強い魅力を放ち、セリュジエ、ドニ、ランソンらは、神秘主義や寓意性への傾倒を深めていきました。ナビ派が象徴主義の一派とされる所以です。ですが、グループとして明確に統一された様式や象徴主義の美学を共有していたわけではなく、むしろゴーギャンもその影響を色濃く受けた日本美術の造形理論を、徹底的に追求した点でこそ彼らは強く結ばれていました。

1890年、パリの国立美術学校でビングによる大浮世絵展が開催され、ナビ派の作家たちが日本美術研究に本腰を入れて取り組む契機となります。-カタログより

この展覧会を見た2日後、ブリヂストン美術館で開催中の『ドビュッシー 、音楽と美術 -印象派と象徴派のあいだで』を鑑賞しに行ったのですが、なんとそこにセリュジエの《タリスマン(護符)』がオルセー美術館から来日していました。凄く驚きました。とても得した気分になりました。

denisb.jpg
左:モーリス・ドニ《なでしこを持つ若い女》1896年 油彩、画布 74.0×46.0cm
岐阜県美術館

参考図版 右:モーリス・ドニ《イヴォンヌ・ルロールのトリプル・ポートレート》1897年
油彩、画布 170.0×110.0cm オルセー美術館
ブリヂストン美術館で開催中の『ドビュッシー 音楽と美術 印象派と象徴派のあいだで』に展示中

《なでしこを持つ若い女》のモデルはサロン画家アンリ・ルロールの娘イヴォンヌです。この作品はブリヂストン美術館で開催中の『ドビュッシー 音楽と美術 印象派と象徴派のあいだで』に出品されている《イヴォンヌ・ルロールのトリプル・ポートレート(三重肖像)》1897年 オルセー美術館蔵に関連づけられる作品です。花を頬に当てているポーズが同じですね。大きな筆触で描かれたこのタイプの画風のドニ作品はあまり目にしないような気がします。翌年に描かれる作品とも画風が違いますし、90年代初めのナビ派特有の茶褐色なイメージとも20世紀に入ってからの鮮やかな画風とも違います。画風の研究中だったのでしょうか。

《イヴォンヌ・ルロールのトリプル・ポートレート》は、イヴォンヌの結婚の少し前に制作され、画家からモデルにプレゼントされました。《なでしこを持つ女》は、イヴォンヌの名前が付けられていませんから肖像画としてではなく単なる女性像として描かれたようですね。トリプル・ポートレートは1人の女性の少女から大人の婦人への変容を表現しています。こういった表現はムンクの《生命のダンス》1899-1900年や《女性の三相、スフィンクス》1893-5年を思いださせます。ドニは優雅に表現していますが、ムンクの3人の女性は生(無垢、純潔)、情熱(性、快楽、狂気)、死とどぎつい表現なのが面白いです。もちろんプレゼントする絵にドニがムンクのような意図があって描いたはずないので比較のしようがないですが、どちらも象徴派っぽい表現ですね。印象派には同一人物が3人描かれてる絵なんてないですから。

『ドビュッシー 音楽と美術 印象派と象徴派のあいだで』のメインビジュアルに使われている《ピアノに向かうイヴォンヌとクリスティーヌ・ルロル》1897年 オランジュリー美術館蔵 にもイヴォンヌ・ルロールが登場しています。

00827.jpg
ピエール・ボナール《アンドレ・ボナール嬢の肖像 画家の妹》1890年
油彩、画布 188.0×80.0cm 愛媛県美術館

縦長の画面に一目で日本美術の影響を受けたことを感じさせる絵です。背景の木や葉も平坦に塗られています。浮世絵からの影響でしょうか。表情なく静かに佇む女性の周りでは、風にそよぐスカート、はらりと落ちる葉、画面手前に飛び出してきそうな犬と静かな絵でありながら動きのある絵でもあります。2009年に東京都美術館で開催された『日本の美術館名品展』以来の再会です。

この絵は、バブル期に日本に入ってきた絵です。ピカソの《ピエレットの婚礼》を73億円で落札した日本オートポリスのコレクションに入っていました。この絵のもう少しラフな下絵も所蔵していました。バブル崩壊で融資していた千代田生命に担保として押さえられその後マーケットに出たようです。1998年愛媛県美術館の開館の年に購入されました。県が支払った額は2億3153万円。やす~い。19世紀末のボナールのこのような大作がもし今オークションに出たらこの価格では絶対に手に入らないでしょう。これはオルセー美術館が欲しがるような凄い名品だと思います。

0ri.jpg
アンリ・リヴィエール《エッフェル塔36景》 扉絵 1902年 リトグラフ、紙
新潟県立近代美術館・万代島美術館

浮世絵の構図から引用したであろうことがうかがえる作品です。膨大な数の浮世絵コレクターであった彼だからこそ研究し尽くして自分のものにし、《エッフェル塔36景》を完成させることができたのでしょう。エッフェル塔の内側から鉄骨越しに見たパリの風景なんかもジャポニスム流行以前には西洋美術には見られない構図です。印象派の画家、ギュスターヴ・カイユボットも鉄橋の骨組み、欄干を画面目いっぱいに何点か描いた「ヨーロッパ橋」という作品があります。浮世絵より構図がさらに奇抜でモデルニテ、現代の象徴を描いたような作品です。これも根底にはジャポニスムの影響が見える作品です。モネも浮世絵コレクターでそれが彼の作品に充分に生かされてますが、リヴィエールほど日本の浮世絵を技法は違えどもフランス版浮世絵のように表現した人はいないのではないでしょうか。彼が日本で浮世絵師になってたら北斎と並んでたりして。浮世絵を目にする機会の多い人ならきっとあっと気づく、西洋美術の中に日本の息吹が確実に感じられ嬉しくなる作品です。

スポンサーサイト

岐阜県美術館 『象徴派展』を見に行く その4

その3からのつづき

フランス美術に続いてドイツ、ベルギー、ノルウェーなどの作品がずらりと並びます。フランス美術の象徴派はあくまで穏やかに上品に表現されている印象がありますが、他の国へ伝播すると不安を煽るような心の中をえぐったようなおどろおどろしく毒々しささえ感じられる作品が目につきます。

0823.jpg

日本では中々お目にかかれないレオン・スピリアールトが一挙に3点展示されています。いずれも姫路市立美術館所蔵です。

振り向く骸骨のような顔の自画像はとてつもなく暗く少なくともハッピーではないなとすぐわかります。それもそのはず、制作年の1907年と翌年にかけ体調を崩し、失恋した時期と重なるそうで絶望的な中で制作された一点なのでしょう。ギロリとこちらを見る鋭い眼差しにギョッとします。

右側の作品は、海のクジラかと一瞬思ってしまいましたが、《オステンドの灯台》という作品です。黒い堤防の上に小さな灯台が描かれています。不眠症であった彼は、オステンドの町を徘徊しこのような作品を描いたとのことです。水面から堤防を仰ぎ見る構図は圧迫感があり、堤防に拒絶され灯台へはとても辿りつけないような感じです。失恋の痛手と重ね合わせているのでしょうか。重苦しい空気が流れています。

不健康なイメージのスピルアールトよりさらに上を行ってそうなのがエドヴァルド・ムンクです。彼が5歳の時に母、15歳の時に姉を亡くします。身近な死が生涯作品に影を落とすことになる画家がみつめた愛、不安、死を描いた代表的版画作品《病める少女》、《ヴァンパイアⅡ》、《マドンナ》、《森へ》などが展示されています。

00826.jpg
ジェームズ・アンソール3点
左から
《オルガンに向かうアンソール》1933年 油彩、画布 80.5×100.5cm メナード美術館 ※岐阜・新潟会場のみ

《シノワズリー》1920-25年頃 油彩、画布 50.7×66.5cm 新潟県立近代美術館・万代島美術館

《薔薇》1881年 油彩、画布 80.2×100.4cm 姫路市立美術館

素晴らしい3点。それぞれ違う時代の違う画風を楽しめます。新潟県立近代美術館・万代島美術館がアンソールの油彩を持っていたことを全く知らなかったのでとても驚きました。

en har

それ以上に驚いたのはメナード美術館の《オルガンに向かうアンソール》。メナード美術館が世界的名画《仮面の中の自画像》ともう一点所蔵している事と題名だけは知っていたのですが、実物を見たのは初めてでした。目が覚めるような鮮やかな色彩の洪水とごちゃごちゃ描かれた人々、アンソール世界全開の素晴らしい逸品です。この作品、どこかで見たようなと思ったら第1章のグロテスクの系譜で見た版画《キリストのブリュッセル入城》がオルガンの後ろの壁に描かれているではないですか!!版画と油彩、関連したものを同一会場で見られるなんて幸せなことです。(正確には油彩の大作《1889年のキリストのブリュッセル入城》が描きこまれている)

この後、岐阜県美術館の前にある岐阜県図書館に寄るのですが、この作品に関してさらに驚きます。美術書コーナーでTASCHENのアンソールの画集をがあり、パラパラ見ていると《オルガンに向かうアンソール》と酷似した実際の写真が掲載されているのを発見!鼻息が荒くなりました。

en tas

壁に掛けられた大作、オルガンの上のフレームなど絵とそっくりです。大きく違うのはアンソールは振り返っておらず、オルガンの前に座りほぼ後ろ向きで顔がほとんど見えない状態でした。この写真が絵になったものを今さっきすぐそこで見たんだと大興奮でした。見たばかりの絵を画集で見るのとは違った興奮がありました。

後半生に音楽へ関心を高め、作曲、台本、衣装、舞台衣装を手がけます。晩年の音楽への傾倒を決定づけたのが、1906年にハルモニウムというオルガンを送られたことによります。「孤独の大切な友」と呼び、デルヴォーやカンディンスキーもその演奏を聞かされたというオルガンが、この絵の中に描かれているオルガンなのです。作品の素晴らしさもさることながら資料としても非常に貴重な一点だと思います。メナード美術館は本当凄い物を持っていますね。

en tasb

他にも画像を探して見るとありました。ポーズは下段の写真とほぼ同じですね。この作品が日本にあるってやっぱりすごい。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。