美術展命の男のブログ

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帰って来たデルヴォー 埼玉県立近代美術館

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昨年の9月から11月にかけて府中市美術館で開催された「ポール・デルヴォー 夢をめぐる旅」が下関市立美術館に巡回し、再び私の住む関東に帰ってきました。10月にこちらで紹介しました。府中版のチラシも素晴らしいものでしたが、反射するシルバーに「夢」が浮かび上がる埼玉版のチラシもいい出来です。メインに《夜の使者》が使われています。

埼玉県立近代美術館は巡回会場の中で唯一デルヴォーを所蔵しており特別出品されています。

さらに他会場では並ばなかった個人蔵の《バルコニー》が追加出品されるということで楽しみにしていました。ところがいざ開幕してみると所蔵者の都合で会期途中からの展示となってしまいました。

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ポール・デルヴォー 《バルコニー》 1948年 油彩、カンヴァス 120x90cm 個人蔵

府中で既に見た展覧会ではありますが、埼玉会場はどんな展示になっているのかわくわくしながら入場。するといきなり姿見が。展示を盛り上げる飾りかなと思ったのですが、デルヴォーが使っていた鏡でした。デザイン、サイズ的に同じものではありませんが、《トンネル》にも姿見が登場するのでいきなりテンションマックス。これは府中会場には展示されていませんでしたのでしょっぱなから驚き。そしてパレットや筆の数々も冒頭に登場。府中では全ての展示が終わって出た所に展示されてあったのでこれまた驚き。これらの筆から作品が生み出されたのかとわかるので最初に見るのもいいですね。

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ポール・デルヴォー 《グラン・マラドの水門(南側の眺望)》 1921年 油彩、カンヴァス 79×100cm 個人蔵

照明に関しては埼玉会場の方が綺麗に見えた気がしました。《グラン・マラドの水門(南側の眺望)》でまずそんな気が。印象派風の明るく綺麗な画面がしっかり出ていました。絵の高さも会場によって変わるのも面白いなと思いました。正しく印象派の技法で描かれた《森の小径》は府中会場より明らかに高い位置に掛けられていました。絵の位置が高くなるとサイズが大きく感じられて変わった印象を受けました。

それから解説パネルがより詳しくなっていました。例えば、美術学校に進めるきっかけをつくってくれた王室公認の有名画家というのは府中のパネルでは名前の記載がありませんでしたが、埼玉ではクルテンスと記載されていました。出口前にあった年表にはフランツ・クルテンスとフルネームで記載。このクルテンスに褒められたことで画家を目指すことを両親が許すわけですが、埼玉のパネルでは両親が有頂天になったことも追記されていてより分かりやすく伝わってくるパネルになったと思いました。また興味深い内容の小さな解説パネルもいくつかあり、デルヴォーは油彩の前に習作を数十点も描いていたので60年の画業で油彩は450点しかないとのこと。素描といっても素早く仕上げるものと徹底的に描きこむものに分けられるとのことです。だからデルヴォーの紙作品には《トンネル》の習作のように完成作に負けない非常に完成度の高いものがあるのかと納得。

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ポール・デルヴォー 《森》 1948年 油彩、カンヴァス 埼玉県立近代美術館蔵

満月の下、アンリ・ルソーが描くような植物が生い茂る森に天蓋がありまどろむ裸婦。列車が通り過ぎて奥へ進んで行きます。作品を描く1年前の1947年にタムと再会しています。17年前に両親に結婚を反対され分かれた女性です。汽車を見ると母親を思い出すというような不思議な発言をしているのをテレビで見た記憶があるのですが、背を向け走り去る列車は母から逃れたい、抵抗の表れなのでしょうか。この裸婦はタムに重ねた女性なのでしょうか。

埼玉会場ならではの嬉しい共演がありました。列車模型「OB12」と《森》です。絵の横にこの模型が置かれているのですが、絵の中の左側を見るとそこにこの模型と同じような列車が!!後部がかまぼこ型の屋根になったもので3つに仕切られたガラス窓も同じです!赤い丸に黒の線で三角形が描かれた謎の物が列車の後部に描いてあり、模型にも付いていました。何だろうと思ったのですが、それはオイルランプで実物も会場に並んでいました。これは感動!デルヴォーの作品の源泉となったものが絵と一緒に見られるなんて!府中展でも絵のモチーフになった模型たちの展示に驚きましたが、作品の横に登場すると余計に感動しました。実物の手鏡もそれが登場する《エペソスの集い2》の横に展示されていました。

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列車模型「OB12」 ポール・デルヴォー財団蔵

資料展示では府中会場では展示されていなかった白いブラウスなんかもありました。各会場によって変わっているのですかね。姿見もなぜ府中展にはなかったのか気になります。

展覧会の一番最後の作品は最晩年の3点で終わるわけですが、長方形の突き当りになっている部屋の一番奥の壁3面に掛けられているのが印象的で、部屋の突き当りで終わる所が旅の終りを表しているようで綺麗な終わり方だなと思いました。

会場が変わるとまた新鮮な感じで埼玉展もとても面白かったです。府中会場や他で見られた方も埼玉会場で見られることを是非おすすめしたいです。

会期途中から展示されることになった《バルコニー》に関してですが、再入場のスタンプを押してもらい後日展示された際にはまた入場できることになってます。え~太っ腹すぎません?なので押していただきました。《バルコニー》が展示されたらこの半券を提示すれば再入場できるのです。展示されればの話ですが(笑)

コレクション展では3月31日まで新収蔵のコローの版画2点、モネ《ジヴェルニーの積みわら、夕日》、ピサロ《エラニーの牛を追う娘》の印象派からシャガール、ユトリロのエコール・ド・パリの優品を見られます。

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クロード・モネ 《ジヴェルニーの積みわら、夕日》 1888-89年 油彩、カンヴァス 65.0×92.0cm

現在展示されていませんが、西洋絵画の油彩は他にもルノワール、ドニ、ピカソ、キスリング、パスキン、ルオー、レオナール・フジタなど計15点ほど高水準のコレクションを持っています。しかし一堂に並ぶ機会はありません。前回のコレクション展では30周年特別展示ということでほぼ揃って展示されましたが、館を代表する西洋絵画はやはり常設すべきだと思います。テーマ展示ごとに名品をわざわざ仕舞い込むのがちょっと理解できません。紙作品のように神経質にならなくていい油彩画は全て展示したうえでテーマごとに展示壁から移動させる感じであってほしいです。

かなり昔は大きな空間を使ってのコレクション展だったようで長らく入場無料でした。いつだったかリニューアルの際に有料化され仕切り壁が多く設けられ毎回4つのテーマに分けてのコレクション展になっています。個々の空間は狭くは感じさせないぎりぎりのラインにあるように感じます。テーマ展示にこだわらずに昔の広々した空間でゆったり見たいなとも思います。

また埼玉県立近代美術館の日本画コレクションも大変素晴らしい物です。近年、横山大観を含む近代日本画47点の大熊家コレクションが寄贈され、さらに素晴らしいコレクションになったと思うのですが、日本画も少量ずつしか毎回展示されないので全貌が見えません。現在の第4期は大変残念なことに日本画の展示がありません。正しく宝の持ち腐れなのです。たまには特別展示室を使って盛大に展示すべきだと思います。今度アンケートに書こ(笑)

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「ミレーコレクションのすべて」 山梨県立美術館

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山梨県立美術館で開催中の「ミレーコレクションのすべて」を見てきました。1978年に開館した美術館ですが、何と初となる油彩、パステル、素描、版画、書簡など全70点を一挙公開する展覧会です。1月2日~3月3日の会期で、この展示を知ったのが開幕1週間前。2009年1月にミレー館ができて激しく行きたいと思っていましたが、ずるずる今日まで来てしまいました。初のミレー全展示ですからこれを知った時、絶対に行くと即断しました。早く行かなければと思っていたのですが、見に行こうと思っていた日程に風邪を引いたりで2月になってようやく行けました。

山梨県立美術館へ行くのは1999年「ダリの世界」、2002年「ボストンと山梨のミレー」、2004年「修復報告展 -よみがえるミレーと所蔵名品-」以来4度目になります。9年ぶりとは自分でも驚き。「ダリの世界」はこの後、新宿にあった伊勢丹美術館に巡回したのですが、山梨でも鑑賞(笑)長坂の清春白樺美術館とセットで見に行きました。ミレーが目的だったのですが、ダリもやっていたので見たのです。ダリはミレーの《晩鐘》をパロッたりしてますから全くなしの組み合わせというわけでもないんですよね。でも世界観が違い過ぎる。

前回訪ねた2004年以降ミレーの油彩が2点も増えたり、パステル作品が寄託されたり、テオドール・ルソーの傑作が寄贈されたりとコレクションが増えたのでそれを見るのも楽しみでした。

建物も行くたびに変化してるんです。1、2回目は開館以来変わらない姿の美術館で、3度目は南館を増築中でほぼ出来上がっていましたが、その時は立ち入れないエリアがあったので今回は建物探検も面白かったです。南館の特別展示室で開催されていた「十一屋コレクションの名品~野口柿邨をめぐる文人たち」は見なかったのでまだ新しくなった山梨県立美術館の全ての展示室を見ていません。次回は見られるかな。

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玄関前にはこのようなものが(笑)

以前、特別展示室だった所が現在は常設展示室となり、常設展示室だった所がミレー館になっていました。「ミレーコレクションのすべて」はこの2エリアを使って開催されていました。

展示は、
第一章 農民画家 ジャン=フランソワ・ミレー
第二章 家庭生活への暖かいまなざし
第三章 ミレー絵画の諸相
第四章 風景画の展開
で構成されています。

あいさつ文に2点の油彩画から始まったミレーコレクションとありました。《種をまく人》と《夕暮れに羊を連れ帰る羊飼い》の事です。この2点の購入価格は1億8200万円(やすーい)当時はそんな高い物を買うなんてと批判もあり、また1点豪華主義のいい見本みたいな言われ方もされたようです。その後、着実にコレクションを増やしていきミレーの美術館と言われる今日があります。

フェリクス・ナダールが撮影した《ミレーの肖像》(いつもは複製が展示してある)、エミール・ロワゾーの《アトリエで制作するJ.Fミレー》を目にして会場へ入るといきなり《種をまく人》が目に入ります。でもその手前に素描が2点並んでいます。台座に額が立てられ展示されています。それぞれ裏表に描かれている素描です。

最初に展示されているミレーの作品は、サロンに出品され高い評価を受けた《箕をふるう人》ロンドン・ナショナル・ギャラリー蔵 の貴重な習作。裏側は《休息する農婦》の習作。油彩の《種をまく人》の右手前には同じく台座に乗った木炭による《種をまく人》の習作があり、習作を見つつその奥の油彩と見比べることができます。習作には升目が引いてあり、描かれている人物の正確な位置を把握することができます。習作の方は頭が中心線のど真ん中にありますが、油彩では左に少しずれています。こちらの裏側には《モンマルトルの土木工事人》 トレド美術館蔵 の習作が描かれています。

《種をまく人》の油彩だけではなく習作まで収蔵できたって凄いことですよね。本当運がいいとしか言えません。

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ジャン=フランソワ・ミレー《種をまく人》1850年 油彩、カンヴァス 99.7×80.0cm
山梨県立美術館蔵

ボストン美術館にも《種をまく人》が所蔵されているのは有名ですね。2002年の秋に開催された「ボストンと山梨のミレー」で2点並べて展示されました。その展示の前には名古屋ボストン美術館で3月から9月まで半年に渡って開催された「ミレー展」でも開幕からわずか25日程度の期間限定ながら2点が一緒に展示されています。1984-5年に開催された「抒情と祈り『ミレー展』ボストン美術館所蔵」以来17年ぶりの再会を果たしました。半年間も名古屋でミレーを展示した後に山梨にも貸し出していいとボストン美術館側から申し出があり、条件は名古屋ボストン美術館のミレー展に山梨の《種をまく人》を貸し出すことでした。そうして「ボストンと山梨のミレー」が実現したそうです。ミレーの重要作を所蔵していたおかげです。

今回の展示ではボストン美術館の《種をまく人》のパネルなどの展示は無かったのでその場で見比べることはできなかったのがちょっと残念。9年ぶりに見るのでやっぱどう違うのか気になってしまう。そのあとロビーに掲示された1985年のミレー展のポスターを発見。比較することができました。ボストンの方が足を大きく開きスタイルが良く見え、寒色が目立ち種を握る拳もはっきり力強く描かれています。それに対して山梨のは背景に溶け込むように人物が描かれ、種を握る拳の描写はぼかされはっきりとは見えず、全体的に土色って感じで柔らかい印象がありました。私は柔らかい印象の山梨の方が好きですね。ボストンのは人物が左に寄りすぎたので描き直して山梨版ができたと何かで読みましたが実際のところどうなのでしょうか。

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※参考画像
ジャン=フランソワ・ミレー《種をまく人》1850年 油彩、カンヴァス 101.6x82.6 cm
ボストン美術館蔵

どちらの作品が1850年のサロンに出品されたのかいまだに判明していません。

リトグラフの《種をまく人》も展示してありました。版画は2枚の油彩画が完成した後に美術雑誌「ラルティスト」に掲載する意図で制作されました。サロンに出品された作品を元に制作されている可能性が高いと考えられるようですが、2作の油彩画の要素を兼ね備えていることからどちらがサロン出品作か決める手掛かりにはならないとのことです。いつか判明する日が来るのでしょうか。永遠に分からないっていうのも謎があって面白いですけどね。

ミレーの素描類は様々な方からの寄贈もありました。版画作品は33点中32点が銀座の飯田画廊の社長、飯田祐三氏からの寄贈でした。飯田画廊の仲介でニューヨークのオークションにおいて《種をまく人》などを入手しています。飯田画廊がニューヨークのオークションに出向き《種をまく人》が出品されることを事前に察知したことが全ての始まりのようです。のちに初代館長になる人が飯田社長からそのことを聞き出したり、その提案を県知事が了承したり、議会や事務当局の理解し協力、山梨県企業局が購入するといった素晴らしい流れがあったわけですが、最初の飯田社長が欠けていたら今の山梨県立美術館はないと言っても過言ではないでしょう。

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ジャン=フランソワ・ミレー《落ち穂拾い、夏》1853年 油彩、カンヴァス 38.3×29.3cm
山梨県立美術館蔵

《落ち穂拾い、夏》は、2007年秋に埼玉県立近代美術館で開催された「田園讃歌-近代絵画に見る自然と人間」以来の再会。小品ながらインパクトの強さでは《種をまく人》と並ぶ《落穂拾い(夏)》も飯田画廊がサザビーズで約3億4000万円で落札し、山梨県立美術館が約4億円で購入しました。最後まで飯田画廊と競り合ったのは姫路のバルビゾン派コレクターで有名な中村氏だそうです。旧ロックフェラー・コレクションの作品です。地主が麦を収穫した後の畑で、貧しい人達が落ちている落穂を拾えるという権利がありました。それが「落穂拾い」。ミレーの生まれたノルマンディー地方ではこの慣習はなく、シャイイ地方に来て初めて見て感銘を受けたとのこと。

手前の農婦を除くと全体がほぼ同じトーンの色で描かれています。農婦の帽子と上着の色がそれぞれ違っていて意外とカラフルだったりします。1857年に描きサロンに出品されたオルセー美術館所蔵の《落穂拾い》とは帽子、衣装の色が異なります。淡く優しいイメージを受ける山梨作品に対してオルセー作品は色彩も描写もより写実的で過酷な現実を突きつけている感じがします。ただ山梨作品も奥の豊富な麦の山に対しての手前の貧しい農婦という対比が際立っています。どちらも魅力的で甲乙付け難い名品です。この2点は一緒に展示されたことはあるのでしょうか。是非一緒に展示された光景を見てみたいです。

ミレーと言えば農民画ですが、それ以外の仕事の作品もコレクションしています。出版用に依頼を受けたイラストレーターのような仕事もしていたんですね。ミレーの作品とは言われてもわからない版画の展示もありました。イメージと違うというようなダメ出しもされたりして思い通りの画風で描けなくて辛いと漏らしていたとか。

珍しいところでは書簡の展示も。知り合いに宛てた手紙で、娘が風邪をひいて子どもが9人いるので他にうつらないか心配みたいなことが書かれていたりしていて面白かったです。

普段、ミレー館になっている部屋へ移動。常設展示室だったところが、えんじ色の壁になり落ち着いた綺麗な空間になっていました。天井の照明も一新したようでミレー館と呼ぶに相応しい部屋でした。この部屋からは油彩3点が移動しただけで普段展示している残りの油彩はほぼ同じ位置に残され、空いた壁に素描やパステルが登場していました。最初の展示室は版画が多かったですが、この部屋は一面肉筆作品です。

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ジャン=フランソワ・ミレー《ポーリーヌ・V・オノの肖像》1841-42年頃 油彩、カンヴァス
73.0×63.0cm 山梨県立美術館蔵

《ポーリーヌ=V・オノの肖像》は、2009年に東京都美術館で開催された「日本の美術館名品展」以来の再会。山梨県立美術館のモナリザです。近づいて筆跡を楽しんだり、離れて見事な写実を楽しんだりいつまで見ていても飽きません。ポーリーヌ=ヴィルジニー・オノはミレーの故郷シェルブールの仕立て屋の娘で、彼の最初の妻となりました。しかし3年後、元々病弱だった彼女はパリで肺結核を患い、22歳で亡くなってしまいます。ミレーの肖像画は男女問わず黒い衣装に茶褐色の背景のものがいくつもあります。この作品もそう。ポーリーヌの美しさもさることながら黒ばかりなのにこんなに魅力的な画面だなんて。ゴヤ、マネは黒の達人でしたが、ミレーも黒を魅惑的に使える画家だったということですかね。山形の山寺後藤美術館に《ポーリーヌ・オノの叔父ギローム・ルーミーの肖像》が所蔵されていたりします。フランスから親戚同士で日本へ引越。

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ジャン=フランソワ・ミレー《眠れるお針子》1844-45年 油彩、カンヴァス 45.7×38.1cm
山梨県立美術館蔵

2008年に8676万円で購入し2009年1月、ミレー館オープンと共にお披露目された作品。やっと実物に会えた。チラシで見ていた作品は暗くくすんでいたので実物の柔らかく美しい色彩に驚きました。画像は素晴らしく美しく補正されていますが、実物は明るい部分と暗い部分のメリハリがしっかりしていました。傾けた顔の影の方は背景に溶け込むかのように見え、光の当たる顔の肌色の美しいこと。スカートは緑と黄色のストライプのようですが、実物は腹部辺りでは緑と黄色と判別できるものの、それ以外の部分は影とくすんだような色合いで説明が難しい色に見えました。

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※参考画像
ジャン=フランソワ・ミレー《ミレー夫人の肖像(カトリーヌ・ルメール)》1844年頃 油彩、カンヴァス 53.0×46.0cm 村内美術館蔵

《眠れるお針子》のモデルは2人目の妻カトリーヌ・ルメールとされます。カトリーヌ・ルメールの唯一の「肖像画」は八王子の村内美術館に所蔵されています。

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ジャン=フランソワ・ミレー《夏、(ケレス)》の習作 1864年頃 黒、赤鉛筆、紙 34.0×22.5cm
山梨県立美術館蔵

特殊な形で豪華な額に入っていて聖母像のごとく美しいです。ボルドー美術館蔵の古代ローマの豊饒の女神ケレスを描いた《夏》の習作です。習作は可愛らしく描かれていますが、完成作ではどっしり逞しく変化しています。

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※参考画像
ジャン=フランソワ・ミレー《夏、(ケレス)》の習作 1864年 油彩、蝋、カンヴァス 個人蔵

こちらもまだ華奢って感じです。これら四季には多数の習作が残されています。《冬》のパステルによる習作が鹿児島の長島美術館、《春》のパステルによる習作が日本・個人蔵にあったりします。
 
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左:※参考画像
《春(ダフニスとクロエ)》1864-1865年 油彩、カンヴァス 235.5x134.5cm 国立西洋美術館蔵
中央:※参考画像
《夏(ケレス)》1864-65年 油彩、カンヴァス 266.0×134.0cm ボルドー美術館蔵
右:
《冬(凍えたキューピッド)》1864-65年 油彩、カンヴァス205.0×112.0cm 山梨県立美術館蔵

ミレーは、1864年4月、アルザス地方の町コルマールの銀行家トマから「四季」を主題とする3点の絵画(春、夏、冬)と1点の天井画(秋)の制作を依頼されました。ミレーが生涯に3度描いた四季連作の2度目になります。1度目は《落穂拾い(夏)》を含む連作で、3度目は昨年東京都美術館で開催されたメトロポリタン美術館展に出品されていた《麦穂の山:秋》を含む連作です。2度目の連作は神話の人物による《四季》となっています。翌年に完成し、9月にトマ邸の食堂に飾られました。

ミレーの没後、作品は散逸してしまいます。天井画《秋》はベルギー、ラーケン宮の火災で消失。油彩、カンヴァス 485×372cmの八角形をした巨大なものでした。夏と冬は1928年東京で展覧されており、夏も日本にあった作品なのです。裸体画のせいなのでしょうか。日本から出て行ってしまいます。その後1971年にボルドー美術館へ収蔵されます。この3点は1991年にBunkamuraザ・ミュージアムで開催された「ミレー展:「四季」アース色のやさしさ」に出品されましたが、それ以降一緒に並んだというのは聞きません。《春》と《冬》は日本の美術館の所蔵館で見て、《夏》は1996年に平塚市美術館で開催された「ミレーとバルビゾン派の画家たち」で見ることができました。ぜひいつか3点が並んでいる光景を見たいです。

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※参考画像
ジャン=フランソワ・ミレー《「四季」連作のための習作:秋》1864-65年 鉛筆、紙 国立西洋美術館蔵

国立西洋美術館は、焼失した天井画《秋》の習作を所蔵しています。日本の美術館は、なにかとミレーの所蔵に強いですね。

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ジャン=フランソワ・ミレー《古い塀》1862年頃 油彩、カンヴァス 50.8×61.6cm
山梨県立美術館蔵

2011年に1億8732万円で購入し、2012年1月にお披露目された一番新しいミレーの油彩コレクションです。油彩は11点目となりました。この作品にも会いたかった!バルビゾン村とフォンテーヌブローの森を区切る古い崩れた塀から鹿が顔を覗かせている絵です。みっちり細かく描かれています。カエルが2匹描かれていて1匹がジャンプして足を広げてる所が面白いです。タンポポも点々と描かれ様々な植物をよく観察しています。自然に対する愛情が感じられる1枚です。風景画のコレクションはパステルと油彩の小品を今まで所蔵していましたが、ミレーコレクションの幅をさらに広げてくれた作品だと思います。

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ジャン=フランソワ・ミレー 《ヴォージュ山中の牧場風景》1868年 パステル、紙 70.0×95.0cm 山梨県立美術館蔵

油彩と並ぶ素晴らしい完成作なのに紙作品なので展示される機会が少なく今までに1度しか見たことがありませんでした。それにしてもこの作品凄く大きいです。ミレーのこんな大きなパステルの風景画は日本では他にないと思います。どこまでも続く草原の発色のよい美しい緑色が爽やかな名品です。ミレーの紙作品、パステル画展も是非見てみたいです。

他にも小画面の風景のスケッチが多数展示されていました。大満足のミレーコレクションのすべてでした。数年おきにやってほしいです。(笑)

奥の部屋は青緑色というのでしょうか。そんな色の壁紙になっており、風景画の流れを17世紀のクロード・ロラン、ヤーコプ・ライスダールのオールドマスターとバルビゾン派絵画で堪能することができました。コンスタン・トロワイヨン、テオドール・ルソー、カミーユ・コロー、シャルル・フランソワ・ドービニー、ギュスターヴ・クールベなどの名品がずらりと並んでいます。こちらも特別展のような充実ぶり。ミレーだけの購入ではなくてジュール・デュプレやレオン=オーギュスタン・レルミットなども最近コレクションに加わり益々バルビゾン派絵画が充実していた山梨県立美術館でした。ミレーの充実ぶりに比べてコロー1点、クールベ2点が少し寂しいのでこちらも増えたら嬉しいななんて思いました。

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閉館まで美術館にいて外に出てくると以外に暖かかった日中とはがらりと変わり芯まで冷えそうな寒さにひぇーとなる。甲府駅前の小作で鴨肉ほうとうをいただきました。ベースの味噌のつゆも美味しいし、鴨の脂がスープに溶け出た部分もまた美味でした。かぼちゃも凄く甘いし、山菜も歯ごたえと鼻に抜ける風味がよく1杯であれこれ楽しい。本当に具沢山で具が主役みたいです。鍋を食べている楽しさがほうとうにはありますね。とにかくボリュームが凄かった。

バルビゾン派関連でもう一丁。年が明けてから知ったのですが、昨年9月に富山県の商店街の中にミレーとバルビゾン派絵画を展示する「ギャルリ・ミレー」が開館していたのですね。全く知りませんでした(汗)

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北陸銀行が作品と展示空間を提供している小さな美術館です。メセナというのでしょうか。

公式ホームページ
http://www.gmillet.jp/
作品一覧
http://www.hokugin.co.jp/info/docs/120819a.pdf

全53点のコレクションで何とミレーは油彩10点、紙作品4点の計14点もあり、クールベ8点、コロー2点、ドービニー3点、ジュール・デュプレ4点など凄いです。ナティエやパテルのロココ作品、ブーグローなどアカデミスム作品も含まれています。こんなコレクションが日本にあったなんて!私には彗星のごとく現れたコレクションに映ったのですが、皆さんはご存知でしたか?ミレーは初期から晩年までを網羅しています。1991年のBunkamuraザ・ミュージアムで開催されたミレー展に個人蔵、日本として貸し出されていた作品を多数含んでいます。当時から北陸銀行のコレクションだったのかはわかりませんが、日本に長く所蔵されてきた作品たちのようです。

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ジャン=フランソワ・ミレー 《羊の毛を刈る女》1860年 油彩、カンヴァス ギャルリー・ミレー蔵

白眉は大作《羊の毛を刈る女》。ボストン美術館が所蔵している同主題の作品をゴッホが模写しています。

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ジャン=フランソワ・ミレー 《兎のいるアプルモン渓谷の日の出》1860-62年 油彩、カンヴァス ギャルリー・ミレー蔵

遠景の自然ではなく目の前に捉えた植物と動物が登場する作品です。山梨県立美術館の《古い塀》に似ています。こちらは塀ではなく大きな岩と生い茂る草木、そして兎がひょこっと顔を出しています。一瞬どこどこ?となってしまいますが、それも計算?こういったジャンルのミレーの絵画は日本でほとんど見られないので貴重です。物言わぬ植物、動物に眼を向けた自然愛が伝わります。

53点全作品が一堂に並んでいるわけではなく現在は約半数が展示され、時期ごとに展示替えされるそうです。山梨県立美術館、村内美術館に匹敵するミレーコレクションを持つ美術館が日本に1つ増えましたね。いつか是非行ってみたいです。

国立西洋美術館 セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》を新収蔵!

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ポール・セザンヌ《ポントワーズの橋と堰》1881年 油彩、カンヴァス 59.1x72.1cm
国立西洋美術館蔵

国立西洋美術館のホームページを見に行ってびっくり。いやー本当に驚いた。昨年、ポール・セザンヌの名品《ポントワーズの橋と堰》を購入したと紹介されていました。

左斜め下に向かう規則正しい筆跡のリズムが心地よい絵です。塗り残し部分もセザンヌの絵って感じでいいです。
厚塗りのセザンヌも晩年のステンドグラスのようなジェマイユのようなセザンヌも好きですが、このセザンヌの毛並がとても好きなので取得してくれて凄く嬉しいです。

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ポール・セザンヌ《エクスの北、ヴェルドン運河の水道橋》1882-83年 油彩、カンヴァス 57×72cm 個人蔵、スイス

こちらも一定方向の規則正しい筆致を持つ名品。この作品も今回取得した作品と同じくらい好きです。

名品ということだけがびっくりの理由ではなく好きなこの絵を新収蔵を知る前日、ネットで画像を見ていたのです。まさか日本の美術館に収蔵されるなんて夢にも思っていなかったので本当に驚いた。

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1998年サザビーズオークションのカタログの表紙に使われています。このトリミングがGOOD。次に発行する国立西洋美術館名作選の表紙はこれでお願い(笑)

カミーユ・ピサロがほぼ同じ景色を先に描いています。セザンヌとピサロはオワーズ川に沿って上流を見て、町の南のスポットからポントワーズの橋を描いています。

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カミーユ・ピサロ《ポントワーズの鉄橋》1873年 油彩、カンヴァス 50x65cm 個人蔵

ポントワーズへの道がそれぞれの画面の左側に見えます。セザンヌの作品では同化しているように見えますが、画面の中心手前には、サン=トゥアン=ロモヌとポントワーズを接続するために1862-1863年に建設された鉄道橋、奥には歩行者や馬車が通る古い道路橋が架けられています。第二次世界大戦中に破壊されてしまったそうです。

ピサロは1866年にパリの北西20kmほどに位置するポントワーズに移住し1884年までこの地に住み続けました。セザンヌはオワーズの谷に1872年から1874年まで住んでいます。 ピサロとセザンヌは1872年にはポントワーズで、1873年にはオーヴェル=シュル=オワーズでカンヴァスを並べて共に制作しています。セザンヌの暗かった画面はピサロの影響で明るくなります。1881年にセザンヌはピサロの近所に引っ越してきます。セザンヌはピサロの作品とほぼ同じ位置から描いてるわけですからピサロの作品を実見したか、見ていないとしてもこの場所で描くことに関して何らかの会話はしているはずですよね。セザンヌが「この構図いいね。同じところで描いてみよう」とかピサロが「ここの眺めはいいぞ」と教えたりみたいな。

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カミーユ・ピサロ《ポントワーズの川岸》1872年 油彩、カンヴァス 46×77cm 個人蔵

《ポントワーズの鉄橋》の位置より下流で描いた絵です。セザンヌの絵にある堰も確認できます。左岸に人々が歩いていますが、このもう少し奥へ行った辺りからの眺めをセザンヌは描いたようですね。

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カミーユ・ピサロ《ポントワーズの橋》1878年 油彩、カンヴァス 60.5x73.0cm 吉野石膏コレクション(山形美術館寄託)

《ポントワーズの鉄橋》の奥にアーチ型を描く橋が少し見えますが、こちらはその橋を描いた作品です。橋に人や荷馬車らしきものが行き来しているのが見えます。ピサロはオワーズ川沿いで何点も描いており、この橋や鉄道橋が他作品にも登場します。この画面の右側手前に鉄道橋があることになります。

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GOOGLE MAPより

現在の鉄道橋です。

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GOOGLE MAPより

下流の方に行くとセザンヌが描いたと思われる眺めがあります。(GOOGLE MAPは橋の上からの眺め)下部の地図で赤い矢印の方向を見た物が上部の画像です。川の水面に白いラインが見えると思います。上の鉄骨は堰の構造物かと。絵のタイトルにもある「堰」から水が落ちている様子です。セザンヌの絵にも鉄道橋と並行して手前に川の落差の表現がされているのがわかります。

セザンヌの絵は左岸から見た角度なので鉄道橋はここからは見えませんね。水色のラインが堰、青い丸が鉄道橋で緑の丸がオワーズ橋です。人間マークがいる所から右斜め下に20kmほど行くとパリです。

2005年から2006年にかけてニューヨーク近代美術館、ロサンゼルス・カウンティ美術館、オルセー美術館を巡回した「近代絵画の開拓 セザンヌとピサロ 1865-1885」展にセザンヌ《ポントワーズの橋と堰》とピサロ《ポントワーズの鉄橋》は一緒に出品されました。

2人が同時に制作した作品ではありませんが、同じ眺めということで興味深く貴重な作品だということは確かです。

このセザンヌ作品は何人かの個人蔵を経て、2008年にクリスティーズのオークションに登場します。予想落札価格$7,000,000 - $10,000,000のところ$7,922,500(約7億6500万円)で落札されました。(2008年11月平均レート96.67円)

この時は、ロンドンの個人蔵に入ったようでその後、国立西洋美術館が購入したようです。$10,290,000(約8億円)で購入とのこと。円高万歳!国立西洋美術館の購入額としては過去最高額とのことです。とてもいい買い物しましたね。偉い!

1998年のサザビーズのオークションには予想落札価格は$8,000,000 - $10,000,000で出品されていましたが、現在、来歴に記載がされていないのでこの時は不落札に終わったようですね。このオークションがあった11月は1$=122円前後だったり、6月頃は146円だったりしたようで差が凄いですね。もしこの時落札されていたら国立西洋美術館には来なかったことでしょう。美術品の流転は面白い!

ちなみにピサロ《ポントワーズの鉄橋》は、1997年にクリスティーズオークションに出品され、予想落札価格$1,500,000 - $2,000,000のところ$2,587,500(約3億800万円)で落札されています。(1997年5月平均レート119.24円)

2009年にもクリスティーズオークションに登場し、予想落札価格$3,500,000 - 4,500,000(2009年11月レート90.98円)、約3億1000万円から4億900万円)ほどで設定されていましたが、不落札に終わっています。

この作品はまだ個人蔵にあるようですね。ピサロの初期の傑作の1点だと思います。この作品も入手できたらいいなあ。

1959年に開館した国立西洋美術館にはセザンヌの油彩画は無く松方コレクションの水彩画4点だけでした。

元々、松方コレクションには『松方コレクション西洋美術総目録』によると油彩画は《ひび割れた家(別称:廃屋)》メトロポリタン美術館蔵、《風景 オベール、アルメの谷側より》、《リンネルの上の果物》、《レスタックの岩》サンパウロ美術館蔵、《読書する青年》の5点あり、水彩画は《水差しとスープ容れ》、《船にて》、《横たわる裸婦(風景のなかの裸婦)》、《永遠の女性》、《ジョルジョーネの『田園の奏楽』より》、《サント・ヴィクトワール山》、《調理台の上の壜とポット》、《モンテニ・シュル・ロワンの教会》の8点(前半4点は国立西洋美術館蔵)、さらにカラーリトグラフ《水浴の男たち(小)》横浜美術館蔵、《水浴の男たち(大)》横浜美術館蔵の2点と総点数は15点にのぼりました。*1999年 セザンヌ展 横浜美術館 カタログより

油彩画だけでも風景画、静物画、人物画とバランスよく揃って水彩画も豊富。散逸が惜しまれます。

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ポール・セザンヌ《レスタックの岩》1882-85年 油彩、カンヴァス 73×91cm サンパウロ美術館蔵

松方幸次郎は《レスタックの岩》を1923-27年に入手しますが、その後大阪の岸本兼太郎の手に渡り、最終的に国外に流出してしまいます。現在は日本の裏側ブラジルにおります。

国立西洋美術館が、セザンヌの油彩を取得するには1978年度収蔵の《葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々》まで待たなければなりません。今回はそれから34年ぶりの取得です。

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ポール・セザンヌ《葉を落としたジャ・ド・ブッファンの木々》1885-86年 油彩、カンヴァス 60.3×73cm 国立西洋美術館蔵

国立西洋美術館が、印象派の巨匠の油彩を最後に購入したのは1986年度のクロード・モネ《黄色いアイリス》、新印象派では1987年度のポール・シニャック《サン=トロぺの港》くらいです。西洋美術史の巨匠たちの作品を地道に収蔵していて、近年だけでもラトゥール、ブリューゲル、ティツィアーノなどのオールドマスターからドーミエ、ドレ、ハンマースホイ、ブラックなど驚かせてくれる名品の収蔵がいくつもありました。ただ失礼ながら印象派、ポスト印象派の購入は絶望視していて考えてもいませんでした。(笑)だから今回の購入は事件です!

いやー感無量。油彩2点、水彩画4点全点一挙に並べてみてほしい物です。(風景画1点が寄託されていましたが、久しく見ないので所有者に返却されたのでしょうか?)

《ポントワーズの橋と堰》は、常設展で近々お披露目されるとのことです。早く見たい!

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