美術展命の男のブログ

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さようなら クールベ《フラジェの樫の木》 村内美術館

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ギュスターヴ・クールベ 《フラジェの樫の木》1864年 油彩、カンヴァス 88.9×111.1cm
クールベ美術館蔵 

2月、村内美術館のホームページに目を疑うニュースがアップされました。

クールベ「フラジェの樫の木」に関しまして

-作品の展示変更のお知らせ-
ギュスターヴ・クールベ 「フラジェの樫の木」
上記の作品は、フランス政府の強い希望により、フランスの国宝と認定され、故郷オルナンに戻ることが決定いたしました。現在当館では展示しておりません。今後はフランス、オルナンのクールベ美術館の所蔵となり、展示される予定です。何卒ご了承下さいますよう、お願い申し上げます。

え?え?どういうこと?つまりもう日本にはないということです...。信じられない!

クールベの有名な《波》が動なら《フラジェの樫の木》は静の傑作です。フラジェはクールベの生地オルナン近郊にあり、クールベ家の所有地でもありました。1本の巨木を画面にどかんと描いた作例は他になく早くから傑作と言われてきた作品です。

アメリカの銀行家、慈善家ヘンリーC.ギブソンが、1896年に画家の妹ジュリエット·クールベから購入し、ペンシルバニア美術アカデミーに遺贈。1987年10月、株の大暴落が起こりフィラデルフィア機関はこの作品を手放します。ブラック・マンデーと言われた翌日のオークションで落札、村内美術館に収蔵されます。

1994年から95年にかけてパリのグラン・パレ、ニューヨークのメトロポリタン美術館で開催された「印象派の起源展」に日本から唯一出品された作品でもありました。

昨年の9月に村内美術館へ行った時は既に展示はされていませんでした。当然気になるから聞きますよね。貸出中なのかなと。答えはいいえ。じゃあ修復中?いいえ。答えを濁すばかり。う~ん。まあピンと来ました。もう戻ってこないなと。でもいざそれが現実のことになるとやはり驚きました。世界的に有名な代表作ですからね。日本に残す努力はしなかったのかな。唯一の救いは個人ではなく美術館へ収蔵されたこと。ただそれだけです。

さもフランスへ返してあげたというような書き方ですけど購入していただいたというのが正しいんです。約4億5千万円で売りに出されたとのことでフランスのクールベ美術館は是非オルナンへこの作品を戻そうと個人に50ユーロでこの作品のオーナーになりませんかと呼びかけます。7月の終わりには半分が集まりその後、見事資金が募ったようで売買が成立したようです。500万ドルで購入されました。ルーヴル美術館なんかでもクラーナハの作品を購入すべく個人へ呼びかけこういったことが行われているようです。日本では聞きませんね。

500万ドル(約4億5千万円)というのはクールベの最高取引額ではないでしょうか。1998年のサザビーズオークションでクールベの名品《ジョーの肖像:美しいアイルランドの女性》が3億9830万円(297万2500ドル/1$=134円)(予想落札価格200万~300万ドル)で落札され作家の競売記録を更新したことがありましたが、それを遙かに上回る金額です。

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ギュスターヴ・クールベ 《ジョーの肖像:美しいアイルランドの女性》 1872年頃
油彩、カンヴァス 54×64cm 吉野石膏コレクション 山形美術館寄託

2001年に再びサザビーズオークションに登場し、予想落札価格100万~150万ドルと低めに設定され187万5750ドルで落札されています。2億2884万円(1$=122円)。現在、吉野石膏コレクションに入っています。

後から知ったのですが、7月に書かれたこの資金調達を呼びかける記事を見つけました。つまり村内美術館側は黙っていたということです。ひどいなあ。そもそもさよなら展示くらいしてくれたっていいのに。オルナンのクールベ美術館に所蔵されるなんて名誉なことじゃないですか。後ろめたさ全開で黙ってたということですよね。ひどすぎる。何も告知せずにフランスへ行ってしまうなんて。知ってたらさよなら鑑賞に行っていましたよ。

愛知県のマスプロ美術館はセザンヌ、ゴッホ、ルノワール、シスレー、ピカソなどの西洋絵画コレクションを売却する時、わざわざ売りますよー(笑)て告知してくれましたよ。そのおかげで散逸する前に無事見に行くことができました。MASPRO COLLECTIONとしっかり名前を出してオークションで売却していました。会社の宣伝にもなったでしょうね。(笑)陶磁器室と浮世絵室コレクションだけが残り現在も運営されています。日本の企業名をここまで出しての売却はとても珍しい例だと思いました。バブル期に日本に入ってきた作品などはオークションに出る時に日本にあった来歴を消していたりするものも多く、本当の来歴を隠してしまっているのでよくないことなんだそうです。個人蔵でも国名は記載されますが、一時期は日本にあったはずなのに来歴から抜け落ちてる作品をいくつも見たことがあります。たかが来歴ですけど著名人に所蔵されたり華やかな来歴は作品の価値をよりあげることになりさらにきちんとした来歴は真贋問題などにも強いわけです。まあ今回はオークションの取引ではないので関係ありませんが。

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売却されたコレクションたち
1段目:モネ《エトルタ、浜辺とアヴァルの断崖》、《ロンドン、テームズ河、チャリングクロス橋》
2段目:ドガ《浴後の朝食》、ピカソ《卓上の静物》、マネ《芍薬の花束》
3段目:ピサロ《座る農婦とひざまづく農婦》、カサット《赤い帽子の少女》、シャガール《二頭の緑のロバ》
4段目:ボナール《朝食》、ワイエス《ビューティーレスト》

村内美術館は近年、コレクションの放出が激しいのが気になります。この質、この量の西洋絵画が手放されても活動している美術館を他に知りません。

バルビゾン派の村内美術館に1988年モネ、ドガ、ヴュイヤール、カサットなど印象派とその周辺の12点がコレクションに加わりました。フロリダのヘラー夫妻が、美術館に購入されることを希望して売りに出されたコレクションでした。バブルがはじけた以降もマネ《芍薬の花束》、ルノワール《ジャン・ルノワールと一緒のガブリエルと少女》、キスリングの大作《ブイヤベース》など素晴らしい名画がコレクションに加えられバルビゾン派だけでなく印象派、エコール・ド・パリも大変素晴らしいコレクションになっていきました。

ところが悲劇的なことに2000年前後から放出が相次ぎ旧ヘラー夫妻コレクションのモネ《ロンドン、テームズ河、チャリング・クロス橋》、ドガ《浴後の朝食》、ボナール《朝食》などを手放しほぼ残っていません。マネ《芍薬の花束》も2010年に売却されました。他にもクールベ《雪のなかの傷を負った鹿》、ピサロ《座る農婦とひざまづく農婦》、シスレー《ヴヌー・ナドンの冬》、ピカソ《卓上の静物》、シャガール《二頭の緑のロバ》、ワイエス《ビューティーレスト》なども売却されもうありません。一時期は10点と日本一のクールベコレクションを誇っていましたが今は8点となり、9点を所蔵する国立西洋美術館にその座を譲ることになりました。

ルノワール《ジャン・ルノワールと一緒のガブリエルと少女》もオークションに出されますが、不落札に終わり今日も美術館で見ることができます。キスリングの大作は変わりなく展示されています。

しかしこれらの作品が無くなってもまだまだ豊富なコレクションなので展示室は豊かでちっとも寂しくないのが凄すぎる!モネは2点手放したので収蔵がなくなりましたがマネ、ドガ、ピサロ、ルノワール、ボナールなどは2点ずつ所有していたので1点ずつ手放しても作家のラインアップは変わらずにいます。いろんな作家を複数点ずつ持っていた時が凄すぎる上の凄かったんだなと思います。

いつもは作品を売却しても何もお知らせがないのでいまだに上記の画像の作品を所蔵していると思われてる方もいるかもしれません。実際、2002年に埼玉県立近代美術館で開催された「モネからセザンヌへ-印象派とその時代」のカタログの別冊付録に国内にある主要な印象派作品のリストが作られたのですが、コレクションから外れ数年が経っているのに担当者が知らなかったため収録されてしまうことがありました。

もともとバルビゾン派の美術館だしと楽観的に考えていたら遂にクールベも手放してしまったのでただ驚くばかりです。ミレー、コローはどうかそのままで。開館30周年の2012年は大きなイベントもなく2012年度は友の会の新規受付も停止しています。嫌な予感が当たらなければいいのですが。末永く続いてほしい美術館です。

前の記事で2014年に高知県立美術館でミレー展が開催すると書きましたが、巡回先が分かりました。

生誕200年記念 ボストン美術館所蔵 ミレー展

高知県立美術館 2014年2月2日(日)~4月6日(日)

名古屋ボストン美術館 2014年4月19日(日)~8月31日(日)

三菱一号館美術館 2014年10月17日(金)~2015年1月12日(月・祝)

ボストン美術館は「ミレーの世界」というタイトルで会期を以上のように公表してますが、高知県立美術館に問い合わせると名古屋会場は9月中旬まで、三菱一号館美術館は1月15日までとおっしゃっていました。まだ先のことなので会期は変更されることがあります。

ボストン美術館から《種をまく人》が日本へやってきます。名古屋ボストン美術館でのミレー展は2002年以来2度目ですね。今回はミレーだけの作品ではなくバルビゾン派の他作家も並ぶとのこと。ゴッホの出品は無くなりました(泣)ボストン美術館の《種をまく人》が東京で展示されるのは1984年に日本橋高島屋で開催された「田園の抒情と祈り『ミレー展』 ボストン美術館蔵」以来30年ぶり!

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「奇跡のクラーク・コレクション」 三菱一号館美術館 後編

再び光の絵画 印象派の画家たちの展示が始まります。

続く2部屋でピサロとシスレーの初期から晩年までの作品が展示されています。モネの印象派以前の1点も。モネ《サン・タドレスの道》1867年は1994年のモネ展以来の再会。部屋割りの都合で3Fにピサロが1点だけあったりモネが1点だけ2Fに来ていたり一緒に並んでいないのがちょっと残念。本展にはモネ6点、ピサロ7点、シスレー4点が出品されています。

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カミーユ・ピサロ 《道、雨の効果》 1870年 油彩、カンヴァス 40×56.2cm

今さっき雨が止んだばかりのようなそんな場面です。遠くは霞み湿度がとても高そうです。道は舗装されているのかどうかわかりませんが雨でぐしゃぐしゃになってるようで歩く犬と人間の姿が濡れた道に映りこんでいます。

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カミーユ・ピサロ 《ルーヴシエンヌのヴェルサイユ街道》 1870年 油彩、カンヴァス 33×41.3cm

同じ年に描かれた晴れの作品と見比べても日が射していない状態の大気までも見事に画面に描き出しています。後のピサロの絵画は光の輝きに支配されるかのような画面ですが、印象派誕生以前の風景画は大気をよく感じとることができます。

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カミーユ・ピサロ 《ポントワーズ付近のオワーズ川》 1873年 油彩、カンヴァス 46×55.7cm

実物を前にするとチラシの色と全然違うのでびっくり。持っていたチラシと見比べても印刷物ではくすんでいますが実物は素晴らしく明るい画面。この眺めは国立西洋美術館に新収蔵されたセザンヌ《ポントワーズの橋と堰》の位置からオワーズ川を2kmほど上流へ行った辺りで描いています。のどかな田舎の風景ですが、工場の煙突から煙がもくもく。雲と煙が混ざってるのも面白い。田舎にも鉄道が走り、工場ができ郊外も立派に近代化しています。

スーラやシニャックの新印象派の影響で試みた点描画から離れてもまだその影響が見える《エラニー、サン=シャルル》は細かい筆致で眩しいほどに光に溢れた作品。他のピサロ作品とは印象が全く異なります。ピサロらしい画風に戻った晩年の都市風景も揃っていてピサロ好きも納得のラインアップでした。

モネ、ピサロ、シスレーいずれも印象派誕生の1874年辺りの作品から円熟期まで並んでいて画風の変化を見ることができます。モネ、ピサロはさらに早い時期の作品があります。ルノワールにしてもコローにしても初期の傑作から揃ってるのがこのコレクションの真髄だと思います。
廊下を渡って次の部屋へ移動。

「ドガ 古典と印象派をつなぐ画家」小さな部屋に4点のドガの油彩が並びます。

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エドガー・ドガ 《稽古場の踊り子たち》 1880年頃 油彩、カンヴァス 39.4×88.4cm

この横に長い不思議な空間の切り方、ジャポニスムや写真の影響とすぐわかります。中央の踊り子は扇子を持っていますし浮世絵の3枚続きのような画面です。右の踊り子の足が画面から切れるところもジャポニスムの構図やスナップショットのようです。全体的に限られた色調の中、フランスの国旗と同じ色の扇子や踊り子たちの色違いの腰のリボンが美しく北斗七星のごとく並んだ踊り子の配置も面白いです。

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エドガー・ドガ 《レースの前》 1882年頃 油彩、パネル 26.7×34.9cm

様々な角度で描かれた馬にドガの素晴らしい技量を見せつけられる1点です。ジョッキーの鮮やかないろんな色のスポーツウェアにも目が行きます。印象派展にも多く出品し、印象派の画家と言われる画家ですがこういう作品を見るとなんだか印象派?という感覚になります。ですがパステルの方を見ると確実に印象派だって思います。モネやルノワールたちもパステルで描いていますが、どの作家より強烈な光を放っています。パステルは脆弱で長旅できませんので来ていません。残念。

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※参考画像
エドガー・ドガ 《仮面をつけた踊り子たちの入場》 1884年頃 パステル、紙 49x64.7cm

次へ進むとカサットの印象派以前の作品、ロートレック2点、マネ、モネ、モリゾの花の静物画が展示されています。

印象派からポスト印象派へとパネルがありますが、ロートレックだけのことを指しているようです。世界巡回展のリストにはさらにマネ《アルカションの室内》、モリゾ《浴室にて》、ゴーギャン《クリスチャンの少女》が掲載されているのですが、日本には来ず...。マネ《アルカションの室内》は三菱一号館美術館開館記念展の「マネとモダン・パリ」に展示されていた作品。アメリカとイギリスのマネ展への貸出中でその為に外れたみたいですね。モリゾとゴーギャンの人物像が外れたのがわからないです。三菱一号館の壁面が足りなかったなんてことはないよね。ないよね...。ついでに兵庫もその数でみたいな。

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※参考画像
ポール・ゴーギャン 《クリスチャンの少女》 1894年 油彩、カンヴァス 65.2x46.7cm

最後の部屋は再びルノワールの傑作ずくしです。夢のような部屋でした。1日この部屋に居たい(笑)

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《金髪の浴女》 1881年 油彩、カンヴァス 81.6×65.4cm

同展に並ぶ《タマネギ》と同じ年に描かれた作品。画風、色合いが似ています。そういえば出品作の同年の《ナポリの入江、夕刻》も画風が同じ。モデルは後に妻となるアリーヌ・シャリゴと言われています。同年イタリア旅行で特にラファエロのフレスコ画を学びました。言われてみるとフレスコ画特有の発色がよく、乾いた画面をルノワールならではの油彩で消化しているようにも見えます。後にもっとフレスコ画みたいな絵を描いています。色彩が本当に美しい。近くで見るのもいいし少し離れてベンチに座って見るのもよし。ずっと見ていたい。画像も美しいですが、実物はもーと美しい。絵から光を放ってるのかと思うほど綺麗な画面でした。後に著しい画風の変化でそれまでの顧客が離れて行ってしまうことになりますが良くも悪くも表現の探究が始まっています。

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※参考画像
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《長い髪をした若い娘(あるいは麦藁帽子の若い)》
1884年 油彩、カンヴァス 54.6×47cm 三菱一号館美術館寄託

くっきりとしたアングル風の輪郭線や冷たい肌など探究が続いています。本作はまだ「ルノワール」っぽいですけど同じ年に描かれた《ヴァルジュモンの子供たちの午後》 ベルリン国立絵画館蔵はもはや「ルノワール」じゃありません。モデルは不明となっていますが、アリーヌ・シャリゴではないでしょうか。翌年描かれる肖像画ではかなりふっくらしていますが、似てないこともない。ルノワールは美化するのがとても上手ですから。ジャンヌ・サマリーの肖像も美化されています...。
2013年10月5日(土)~2014年1月5日(日)に開催される「三菱一号館美術館名品選2013 -近代への眼差し 印象派と世紀末美術-」で展示されます。クラークコレクションの画像と並べても何の遜色もないのが凄い。

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《縫い物をするマリー=テレーズ・デュラン=リュエル》 1882年
油彩、カンヴァス 64.9×54cm

本展の中で一番ルノワールのイメージから遠い作品ではないでしょうか。ルノワールと言われなければわからない人もいるかと思います。ルノワール作品ではほとんど見られない蛍光色かと思うような強烈な色使いです。目が覚めるような鮮やかな色彩が全体に使われています。筆跡もセザンヌ方面に行ってる感じ。この画風の作例は数が少ないのでほっとんど見たことがありません。このルノワールももちろん好きです。もっと見たい。この画風のまま晩年まで行っていたらルノワールの評価はまた違ったものになっていたのでしょうか。

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《眠る少女》 1880年 油彩、カンヴァス 120.3×91.9cm

クラーク・コレクションの中のルノワール作品中で一番大きい作品のようです。光に包まれて少女と猫が気持ちよさそうに眠っています。絵の具が結構厚塗りで筆触も凹凸が激しく布や猫のこの質感を上手く作り出しています。凄く綺麗だった。猫の表情が面白い。

モデルは本展に出品されている《フルネーズ親父》の娘と言われてきたようですが、当時は結婚しておりこのモデルは考えられないし年齢的にも合わないそうで今日ではアンジェールという少女がモデルという考えになっているそうです。

北九州市立美術館に所蔵されるルノワール作品のモデルもアンジェールとされています。

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※参考画像
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《麦わら帽子を被った女》 1880年 油彩、カンヴァス 50.0×61.0cm 北九州市立美術館蔵

帽子も服装も同じだし同一人物っぽいですね。フルネーズ親父が経営するレストラン・フルネーズのテラスが舞台の《舟遊びをする人々の昼食》の画面中央でグラスを口につけてる女性のモデルはアンジェールとのこと。

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※参考画像
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《女と猫》 1875年頃 油彩、カンヴァス 56x46.4cm
ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵

ルノワールの描く猫の顔って面白いのが多いです。この作品の猫の目(笑)《ジュリー・マネ ( 猫を抱く少女 )》オルセー美術館蔵の猫は笑ってるみたいだし。

ワシントン・ナショナル・ギャラリーで思い出してちょっと調べてみたのですが、1999年と2011年に日本で開催された「ワシントン・ナショナル・ギャラリー展」で所蔵品のルノワールの傑作はほぼ日本に来ているのを知りました。あと見るべきは《女と猫》と風景画1点くらいかと。1999年版はあまり納得いかないラインアップだったのですが、2011年版は本当に素晴らしい展覧会だったなあとしみじみ思います。マネもルノワールもセザンヌも超ド級名画三昧で夢のような展覧会でした。3回目の開催があったらルノワールは過去に来た作品とだぶらせないといけなくなるなあなどといらぬ心配をしました。しかしワシントン・ナショナル・ギャラリーにはまだまだ見るべきルノワールが実はまだあるんですね。《オダリスク》、《じょうろをもつ少女》、《フープを持つ少女》などなど。傑作の名品中の名品ばかり。しかしこれらはチェスター・デール・コレクション。貸出不可の作品です。作品の状態が悪いわけでもないのに寄贈の条件に貸出不可にするってちょっと許せないですね。全人類の宝でしょ。ていうかフランス生まれの作品なのにアメリカ人がアメリカの美術館から門外不出にするって??フランスでフランス人がやるなら許せますけど(笑)

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《手紙》 1895-1900年 油彩、カンヴァス 64.9×81.1cm

あったー!20年前の1993年、生まれて初めて見に行った東武美術館の「ルノワール展」に展示されていたルノワールです!来てくれてた!(号泣)そのルノワール展のカタログの表紙にもなっていたし、電車の中刷り広告のB3サイズのポスターにもなりデパートのあちこちに掲示されていました。感無量でしばらく絵の前に立つ。改めて絵の前に立つとそれなりの大きさがありますが、もっと大きかったと思い込んでいました。他に並ぶルノワールたちは絵の具でしっかり描かれていますが、本作は絵の具を油でよく溶いておつゆ描きと言われる晩年のルノワールの技法が使われ始めています。実験的な画風を超えて我々日本人が慣れ親しんでいるイメージのルノワールの作品です。赤と白のドレスと背景の緑の壁紙のハーモニーが素晴らしいです。クラークはルノワールの後期作品をしばしば批判していたそうで実際コレクションには晩年の作品はほとんどありません。この作品と自画像、1904年の赤ちゃんを描いた作品くらいでしょうか。ルノワールは1919年まで生きていますが最晩年の作品は無し。

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《鳥と少女(アルジェリアの民族衣装をつけたフルーリー嬢》 1882年 油彩、カンヴァス 126.4×78.1cm

この作品も本当に有名ですよね。ついに実物を見ることができた。色彩も本当に綺麗だし言うことなし。画像であっても目を奪われる。本当、色彩の魔術師です。衣装や舞台設定が東方趣味の作品ながらペットの鳥と女性という軽やかでコケティッシュな主題がヨーロッパの文脈に強く結びつくと解説にありました。レダと白鳥とかクールベの《女とオウム》とか確かに女性と鳥という絵は沢山ありますね。

この作品が前回来日したのは1888-89年に名古屋市美術館、奈良県立美術館などで開催された「ルノアール展」で今回は24年ぶりの来日です。《うちわを持つ少女》などと6点も来たようです。

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※参考画像
左:ピエール=オーギュスト・ルノワール 《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》
1872年 油彩、カンヴァス 156x128.8cm 国立西洋美術館蔵
※参考画像
右:ピエール=オーギュスト・ルノワール 《オダリスク》 1870年 油彩、カンヴァス 69.2x122.6cm ワシントン・ナショナル・ギャラリー蔵

ルノワールの東方趣味の作品といえばドラクロワ《アルジェの女たち》を参考に描いた初期の代表作が国立西洋美術館にあります。日本にあるのが奇跡の大作です。1872年のサロンに落選して以降、東方趣味の主題から離れましたが1881年と82年にアルジェリアを実際に旅行しまた描かれることになります。

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※参考画像
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《ロバに乗ったアラブ人たち》 1881年/82年
油彩、カンヴァス 55.1x65.6cm ポーラ美術館蔵

国立西洋美術館の作品とワシントン・ナショナルギャラリーの《オダリスク》を是非一緒に見たいものですが、門外不出のチェスター・デール・コレクションですから日本から貸し出す以外方法がないんですよね...。《アルジェリア風のパリの女たち(ハーレム)》が収蔵後、日本を出たのは1985年にロンドンのヘイワード・ギャラリーとパリのグラン・パレで開催されたルノワール展が最後です。これをワシントン・ナショナル・ギャラリーに貸す条件で貸してくれませんかね(笑)ルノワール展はやはり女性やファッションが主役であってほしいですけどこれらの東方趣味の作品やジャポニスム、旅行、居住地など様々な主題と移動にも焦点を当てたものも見てみたいです。

19世紀から20世紀への橋渡しかのようにボナール《女と犬》で展示は終わります。

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1956年、ライフ紙に掲載されたルノワールコレクション

ほっとんどの名品が世界巡回してるんですねえ。

今回、世界ツアーには出掛けなかったクラークのルノワールたち↓

《タマ、日本の犬》の下の《引き潮、イポール》は、スペイン マドリードのティッセン=ボルネミッサ美術館で開催中の「印象主義と野外絵画 コローからゴッホまで」に貸出中です。あちこち大忙しですね。

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こんなにまだまだあるんですね。ライフ紙に掲載された写真の一番左下の朝日か夕日の海景の画像は発見できず。30数点あるそうですが、まだあるのかな。

《タマ、日本の犬》は日本だけでも貸し出してくれたら嬉しかったなあ。ジャポニスムの絵画がいくつもある中でこの「狆」を描いた作品があったら我々日本人はタイトルに驚き、喜びも一入だと思いました。ワシントン・ナショナル・ギャラリーにもマネが描いた「タマ」の絵があります。

一番左下の《読書する少女》は、1993年のルノワール展に《手紙》と一緒に来日していました。今回来ていなかったのがちょっと残念。立つ裸婦を描いた《浴女》は、2010年の「ルノワール-伝統と革新」に今回来日している《うちわを持つ少女と》と《テレーズ・ベラール》と共に出品されていた作品です。日本で開催されるルノワール展には必ずと言っていいほど複数の作品を提供してくれています。クラーク・アート・インスティチュートという名称だけあって全世界の美術展に協力的なのは好感が持てます。

1つのコレクションからこの質、この数のルノワールが日本で並ぶのは1994年のバーンズ・コレクション展以来なのではないでしょうか。あの展覧会も本当に素晴らしかった。バーンズ・コレクションには初期から晩年までの181点ものルノワールがありますが、1890年以降の作品が130点ほどと晩年の作品を多く含んでいます。ルノワールの晩年作をしばしば批判しほぼ収集しなかったクラークとは全く違うコレクションになっています。

バーンズは1910年より本格的に収集を始め1912年に初めてルノワールを購入しています。そして1922年にバーンズ財団を設立します。クラークは1916年に初めてルノワール《かぎ針編みをする少女》(出品作)を購入しています。2人とも1919年まで生きた巨匠の「現代美術」が生み出されていた時期に収集をしているわけです。バーンズ・コレクションには1919年までのルノワールがあります。バーンズはピカソ、マティスなど正に前衛的な本当の意味での「現代美術」を収集しています。その生みの親のようなセザンヌも積極的に集め67点ものコレクションを誇ります。クラークは19世紀末までのコレクションとなっていて既に絶対的な評価を受けている美術のみを集めています。ゴッホも1886年の明るくなる前の作品くらいで、ゴーギャン《クリスチャンの少女》はクラークの収集ではなく死後の1986年と比較的近年収蔵された物です。ロートレックやボナールなどがありますがポスト印象派にはあまり興味を示していないのがわかります。

面白いのは両者ともモネを収集していますが、1926年まで生きたモネの最晩年の「現代美術」である睡蓮がありません。睡蓮が一般的に評価されるのはずっと後のことになります。2人も当時は理解できなかったのでしょうか。ちなみにルノワールにのめり込んだバーンズですがモネは1875年、1876年、1880年の3作のみの収集にとどまっています。晩年作までを買い揃えたバーンズ、1点1点吟味しながら特に評価の高い1880年代までを中心に購入したクラーク。ルノワールの収集ではどちらが優れているか判断するのはちょっと難しいですね。どちらも素晴らしいですから。

工事で今回のような展覧会が実現しましたが、奇跡の世界巡回展はもうないと言ってもいいでしょう。何十年も先に工事があったらくらいしか期待できませんね。本当に貴重な機会でした。

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※参考画像
クロード・モネ《ルーアン大聖堂、正面、日光》 1894年 油彩、カンヴァス 106.3×73.7cm

このモネが展示されてたら最高だったなあとぶつぶつ...。

「奇跡のクラーク・コレクション」 三菱一号館美術館 前編

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三菱一号館美術館で開催されている「奇跡のクラーク・コレクション-ルノワールとフランス絵画の傑作-」を見てきました。

アメリカ、マサチューセッツ州ウィリアムズタウンにあるクラーク美術館は、ミシン製造会社I.M.シンガーミシンの共同設立者であったエドワード・クラークの孫、ロバート・スターリング・クラークとパリの舞台女優であった妻フランシーヌにより1955年に開館した美術館です。クラーク・コレクションは夫妻が主に1910年から1950年の間に欧米で収集したコレクションです。

クラーク・コレクションが展示されているクラーク美術館(スターリング&フランシーヌ・クラーク・アート・インスティテュート)といえばルノワールの傑作がいくつも含まれた30数点を所有する美術館ということだけは知っていました。まとめて見てみたいと思ったこともありましたが、どこにあるのかも知らないレベルで日本でまとまった形で紹介されるなんて夢にも思っていなかったのでルノワール22点を含む本展を知った時は信じられないの一言でした。

クラーク美術館は、ルネサンス時代から19世紀末までの欧米の作品を所蔵、印象派コレクションなどのフランス絵画、彫刻、素描、写真、さらに銀器や陶磁を含む装飾美術などを所蔵しています。

クラーク・コレクションのルノワールと言えば、私にとって非常に思いのあるルノワールがあります。1993年に生まれて初めて見に行った東武美術館の「ルノワール展」。そこにクラーク・コレクションから2点のルノワールが来日していました。その作品が今回の22点の中に含まれているのか気が気でなかったりしました(笑)20年の時を超えて初めて見たルノワールに会えるのか。このブログも美術展に行き出して20年の節目を前に始めました。勝手に期待。

今回のクラーク・コレクション展が叶ったのは美術館の工事のおかげです。2010年より安藤忠雄氏指揮のもと、施設の増改築工事が行われていて2011年から世界巡回展が開催されています。

イタリア ミラノ王宮博物館/フランス ジヴェルニー印象派美術館/スペイン カイシャ・フォーラム/アメリカ キンベル美術館/イギリス ロイヤルアカデミー/カナダ モントリオール美術館/日本 三菱一号館美術館と兵庫県立美術館 このあと中国、韓国にも巡回予定だそうです。日本だけ2カ所って凄い。

世界巡回をしている作品のリストが発表されていたので何が来るのか事前に知ることができたのですが、やっぱり会場で知りたいので見ないように情報を遮断していました。

展示室に入ると床に絨毯が敷かれています。音が吸収されてとても静かです。靴音に関して開館以来不満に思われてる方が多かったので解消されてよかったと思います。以前の雰囲気とはまた別物の空間へ変わりましたね。あの床も好きでしたが一長一短。

出品リストは章が分けられてなく画家ごとにずらっと表記されていますが、部屋割りの都合や主題別に展示されているのでリスト順とは全く異なります。

こんな感じで展示されています。

3Fの展示室
印象派への道-コローとバルビゾン派の画家たち
光の絵画 印象派の画家たち
伝統と革新-アカデミスムの画家たち

2Fの展示室
光の絵画 印象派の画家たち
ドガ-古典と印象派をつなぐ画家
印象派からポスト印象派へ

光の絵画 印象派の画家たちは部屋割りの都合で中間にアカデミスムの画家たちを挟んでの展示になっています。

最初の部屋にはコローが5点も。この部屋から質が高い。〇〇美術館展や印象派展で序章として紹介されることも多いバルビゾン派ですが、こんないい作品を組み合わせて展示されることは稀です。初期の乾いた色彩の画面から晩年の銀灰色の画面まで揃ってます。

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カミーユ・コロー 《サン・タンジェロ城、ローマ》 1835-40年 油彩、カンヴァス 34.3×46.7cm

コローの早い時期の作品です。制作年が1835-40年と推定されているので、1834年イタリアに滞在した際の思い出やスケッチを元にアトリエで描かれたのでしょうか。晩年の絵も好きですが、光沢のない乾いた色彩の初期の作品も好きです。絵の具の乗せ具合が絶妙でコローの素晴らしい技量がわかる作品です。

cla coc
カミーユ・コロー 《ボッロメーオ諸島の浴女たち》 1865-70年 油彩、カンヴァス 79.1×56.7cm

コローのイメージ通りの絵です。ひろしま美術館に全く同じ絵柄の作品があります。そちらは1872年頃制作で127.0×88.3cmとサイズがかなり大きいです。ひろしま美術館のはかなり大胆に描かれているのに対し、本作はとても丁寧に描かれています。クラーク版の約半分のサイズの小品もあったり何度も描かれている図柄です。クラークの作品が最も出来がいいとか。

cla mi
ジャン=フランソワ・ミレー 《編み物の稽古》 1860年頃 油彩、パネル 41.5×31.9cm

チラシやホームページには《羊飼いの少女、バルビゾンの平原》が使われていますが、こちらを使うべきと思うような温かい気持ちになる素晴らしい作品です。山梨県立美術館でミレーを見てそんなに日が経っていなかったので感動もひとしお。窓際で娘に編み物を教える母親。そして母子を優しく見守るかのような温かい眼差しが感じられます。窓辺の針山に刺さる針や前足を舐め毛づくろいをしている猫など細かく描かれていて面白いです。床に置いてあるはさみについた赤い紐の鮮やかさがフェルメール《レースを編む女》に描かれる赤い糸を思い起こさせます。奥に猫が描かれていないバージョンや猫が食事をしてるバージョンなどがボストン美術館に所蔵されています。

高知県立美術館で「生誕200年記念 ボストン美術館所蔵 ミレー展」2014年2月2日(日)~4月6日(日)が開催されます。《種をまく人》も来日しミレーに影響を受けたゴッホなども並ぶそうです。国内巡回はあるのかな。見たい!

cla mib

モネが影響を受けたヨンキントやブーダンの船が登場する水辺の絵とモネの印象派以前の暗い海景画が小部屋に3点並んでいました。本展は静物画、花の絵、風景画など主題ごとに並べられている所がぽつぽつあります。

三菱一号館美術館で一番大きな部屋へ。印象派祭りです。いつもゆったりと使われる空間ですが、窓は全て展示壁で覆われて印象派絵画22点がちょっと考えられない密度で展示されています。床もカーペットが敷かれているのでいつもと雰囲気が違う。

cla mo
クロード・モネ 《ジヴェルニーの春》 1890年 油彩、カンヴァス 64.8×81cm

チラシなどに登場している《エトルタの断崖》は1994年、ブリヂストン美術館で開催された「モネ展」以来の再会。その隣りに展示されていた《ジヴェルニーの春》がとてもよかったです。春と言えども、からっとした空と空気は冷たそうでピンクオレンジで描かれた木々は、葉が色づいていて枝が目立つ木でしょうか。日がもっと射してこれから暖かくなる。そんな絵。何の変哲もない野っぱらの絵でしたがよかったです。

カイユボットの風景画も展示されています。怒涛のルノワールコレクションが続きます。

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《自画像》 1875年頃 油彩、カンヴァス 39.1×31.6cm
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《自画像》 1899年  油彩、カンヴァス 41.4×33.7cm

34歳頃と58歳頃のルノワールの自画像です。ルノワールの自画像が2点も見られるとは思わなかった。彼は自画像を何点か描いていますが、セザンヌやゴッホみたく多くは描いていないのでルノワール展でも必ず展示されるものではないので初期と晩年の自画像が見られる機会なんてほぼないと言っていいと思います。貴重。画風が全く違います。初期のは筆致の大胆さが凄いです。ちょっと骸骨っぽい。実物を前にするとするどい眼差しから若い画家の情熱が伝わって来るような作品です。1899年の自画像は落ち着いた雰囲気で色彩は優雅。巨匠の雰囲気を醸し出しています。58歳には見えない...。

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《若い娘の肖像(無邪気な少女》 1874年頃 油彩、カンヴァス 55.7×46.4cm

うわー。この作品も来てる!無条件で惹きつけられます。青いくりっとした大きな瞳に透き通る肌。美しい。ポーズはぶりっこだけど逆にそれがいい。モデルになったのはアンリエット・アンリオ。ワシントン・ナショナル・ギャラリー展にも来ていた有名な《アンリオ夫人》のモデルです。《アンリオ夫人》の方は瞳がブルーではないので黒を青に変えるルノワールならではの使い方のようですね。2mも離れると瞳が黒く見えます。「印象派」が誕生したまさにその頃に描かれた作品です。透明感がとにかくすごい。頬のあたりの肌色の透明感が素晴らしいです。ルーベンスの肌に匹敵する美しさでした。初期にはルーベンス作品を模写して影響を受けていますが、見事にものにしています。美術展に行き出したころにルーベンスの画集を見て、この人の絵の肌ってルノワールに似てるなと思ったことがあったのですが、その逆だったとあとで知りました(笑)

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《フルネーズ親父》 1875年 油彩、カンヴァス 56.2×47cm

フィリップス・コレクションに所蔵される《舟遊びをする人々の昼食》の舞台になったレストラン・フルネーズの経営者、アルフォンス・フルネーズを描いた《フルネーズ親父》も来日。ビールを前に酔っぱらってるのか赤ら顔です。手にも同じような色が使われてるので元々赤ら顔なのでしょうか。《若い娘の肖像(無邪気な少女》との肌の色の比較も面白いです。

cla reb
ピエール=オーギュスト・ルノワール 《うちわを持つ少女》 1879年頃 油彩、カンヴァス 65.4×54cm

大好きな作品です。ずーと見たかった作品で2010年に国立新美術館で開催された「ルノワール-伝統と革新-」で出会えた名品。3年越しでまた会えるなんて感激です。2010年のルノワール展では白眉でしたが、今回は白眉だらけで上記の作品ともどもチラシに登場していません。通常なら間違いなく登場するクラスの作品だらけなのが本展。贅沢の極みです。

モデルはコメディー・フランセーズ専属の人気女優であったジャンヌ・サマリーです。ジャポニスムにモネほど興味がなかったと言われるルノワールですが、この作品にはうちわと菊が登場しています。本展に並ぶ《モネ夫人の肖像(クロード・モネ夫人)》にも壁に掛かるうちわが描かれています。前者は女優の楽屋で描かれたことと後者はモネの家なのでしょうか。そう考えると描かざるを得なかったとも考えられます。後年、ジャポニスムにうんざりしていたようなことを言っているので最初の頃は流行として受け入れていたものの飽き飽きしてしまったのかもしれません。ヨーロッパで流行したジャポニスムブームが覗える作品が本展にはいくつか散りばめられています。

今年、愛知県美術館、横浜美術館、神戸市立博物館で開催される「プーシキン美術館展」に彼女を描いた傑作《ジャンヌ・サマリーの肖像》が初来日します。彼女を描いたこんな名品を同じ年に日本で見られるとは嬉しい限りです。ロバート・スターリング・クラークの妻、フランシーヌもコメディー・フランセーズの女優でした。1910年パリにやってきたスターリング・クラークはまもなくフランシーヌ・クラリーと出逢い恋に落ちます。そして1919年に結婚します。フランシーヌが数十年早くコメディー・フランセーズに在籍していたらルノワールの絵のモデルになっていた可能性もありますね。

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《劇場の桟敷席(音楽会にて》 1880年頃 油彩、カンヴァス 99.4×80.7cm

本展同様、世界巡回展で多くの美術館がメイン作品にしていた作品です。上記の作品などを見て十分満足なのにこんな質の高いルノワールがさらに登場で戸惑いすら覚えます。ルノワール展でさえこんな質の作品たち同時に並びません。やはり最も人だかりができてる絵でした。ブラウンの髪と黒髪、黒いドレスと白いドレスと対照的に配されています。黒いドレスの開いた胸元や黒い髪の毛には青が結構使われています。ルノワールは影に青をよく利用していますが、この青は影ではなく黒に映った光の反射を表現しています。近くで見ると青がよく分かりますが、離れると黒が光を反射しているかのように見えて不思議です。元々肖像画として描かれながら受け取りを拒否されたので構図を変更、本人の特徴を消し本作になったようです。右上に男性像が描かれていましたが、塗り潰されても男性の顔が確認できました。

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ピエール=オーギュスト・ルノワール 《タマネギ》 1881年 油彩、カンヴァス 39.1×60.6cm

タマネギをこんなに美しく描いた画家他にいるでしょうか。よく見るとニンニクも描かれています。 タマネギの表面に浮き出るラインのあの感じとかもよく描かれています。

本展はルノワールの女性像、男性像、こども、裸婦、風景画、静物画、花と何でも揃っています。プチルノワール展を見ているかのようです。

廊下を渡って小部屋4つが連なる展示室へ移動。入ると一面青い布が壁に貼られていて一気に雰囲気が変わります。4つの展示室は、印象派と対極にあるアカデミスムの絵画が並んでいます。単なる印象派展ではなく印象派の時代の正統派の絵画も合わせての展示は展覧会をより意義深い物にしていました。

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ジェームズ・ティソ 《菊》 1874-76年頃 油彩、カンヴァス 118.4×76.2cm

ルノワールの《うちわを持つ少女》にも菊が描かれていましたがこちらにも沢山の菊が。菊の原産地は中国で18世紀にはヨーロッパに伝わったそうですが、人気はでなかったとのことです。ジャポニスムが流行する1世紀前はロココと相まってシノワズリー(中国趣味)は絶頂に達したのになぜでしょう。宮廷生まれの華やかなロココに菊はちょっとという感じだったのでしょうか。19世紀、幕末の日本から様々な品種がもたらされると菊ブームが訪れイギリスを中心にヨーロッパでも菊の育種が盛んになります。1871年、パリ・コミューンで戦い、ロンドンに亡命したティソがアトリエの温室で描いた19世紀の菊ブームの一端を伝えてくれる1枚。

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※参考画像
左:クロード・モネ 《菊》 1897年 油彩、カンヴァス 130.1x88.5cm 個人蔵
右:クロード・モネ 《菊》 1897年 油彩、カンヴァス 130.8x88.9cm 個人蔵

モネも沢山の菊を描いています。横長のカンヴァスに画面いっぱいの菊を描いた作品もあります。サイズが似てるのでティソの作品を中央に置いて三幅対にしてみたい。(笑)

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アンリ・ファンタン=ラトゥール 《鉢と皿に生けたバラ》 1885年 油彩、カンヴァス 45.9×63cm

ティソと同様フランス生まれの画家ながらイギリスでも花の静物画として成功したラトゥールの美しいバラの静物画です。ラトゥールの静物画はほとんどが茶色の木のテーブルに茶褐色や灰色っぽい背景、もしくは白のテーブルクロスに茶褐色や灰色っぽい背景、そこに花や果物が描かれます。人物画も背景がほとんど茶褐色。描かれる主役も魅力的ですが、主に茶褐色で描かれる背景のカンヴァスの目地が見えるのが独特な空間を作り出していてその表現も好きです。

国内でのファンタン=ラトゥール展は1998年に宇都宮美術館で開催された1度のみです。単館開催でカタログが4000円ほどしました。(汗)また見たいなあ。三菱一号館美術館の雰囲気にもぴったりなのでいつかここでラトゥール展を見てみたいです。

cla je
ジャン=レオン・ジェローム 《蛇使い》 1879年頃 油彩、カンヴァス 82.2×121cm

奥へ進むと赤い壁にされた部屋が現れます。こちらは東方趣味(オリエンタリズム)を描いた作品です。ジェロームはイタリア、ドナウ湖畔、ロシア、トルコ、シリア、エジプトを取材旅行しオリエンタルを主題とした絵画で人気となった画家です。本展に出品されているルノワール《鳥と少女》も東方趣味の作品ですからこういった関連する作品が見られるのは嬉しいです。蛇のぬめぬめテカテカしたような表現にげっとなりました。(笑)リアル。人物の顔も実在する人物なのかと思うほど個性がきちんと描かれ表情も豊かで細かい。それにしても壁のブルーが美しい。壁面はイスタンブールにあるオスマン帝国のトプカプ宮殿の壁を写したものだそうですが、蛇使いの芸はオスマン帝国には無かったとのこと。エジプトにはあったそうです。様々な民族が描かれていたり衣装も武器も寄せ集めで他の作品に使った小道具が登場しています。実際に見た光景なのかと思ってしまう出来ですが、外国映画の中で日本的な表現がおかしいと思うのと同じで現地の人にこの絵を見せたら変と思うのでしょうか。

ウィリアム=アドルフ・ブグロー《座る裸婦》の肌は、印象派とは対極の冷たい大理石のようでした。

cla ste
アルフレッド・ステヴァンス 《侯爵夫人(青いドレス)》 1866年頃 油彩、パネル 31.4×26cm

日本の浮世絵のような図柄の屏風、衝立が背景に見えます。テーブルクロスにも鶴?が見えます。日本の絵画の表現方法が使われたジャポニスムの前段階であるジャポネズリー(日本趣味)の絵画です。アカデミスムも印象派にも「日本」が何らかの影響を与えているとは改めて凄いと思う。ブルジョワの室内を描く時に人気の日本趣味の調度品が飾られているから絵に登場するのは自然なことで好き嫌いはあったかもしれませんが、多くの画家が描いたのは当然かもしれませんね。奥の額縁を切り落とすように置かれた屏風を見ると構図にも影響を与えつつあるのでしょうか。青いビロードのドレスの質感が見事です。赤い布の壁の部屋に展示されていましたが、青いビロードの壁に掛けられていたらそれも面白いなと思いました。

cla jo
ジョヴァンニ・ボルディーニ《道を渡る》 1873-75年 油彩、パネル 46.2×37.8cm

ジョヴァンニ・ボルディーニ《かぎ針編みをする若い女》のドレス、絨毯などの布が踊っているような描写に目が釘付け。《道を渡る》は、花束を手にもう片方の手でドレスをたくしあげ道を渡る若い女性を描いた絵ですが、全体的に写実に描かれる中、揺れるドレスだけがリズミカルで大胆な筆致になっています。それが動きを与えていて本当にこちら側に渡ってきているような生き生きとした画面になっています。背景の馬車の窓から男が女性に目を奪われているのが面白いです。

階段を下りて2階へ。後編へ続く。

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