美術展命の男のブログ

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ルーベンス展 Bunkamuraザ・ミュージアム

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Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中の「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア」を見てきました。

本展は、イタリア滞在の影響を示す作品をはじめ、彼自身の手になる卓越した作品、工房作品、工房内の助手が独立して描いた作品、彼が直接指導して制作させた版画などを通じ、その制作の実態に迫る日本初の試みです。(ホームページより)

「ルーベンスとその時代」的な展覧会でルーベンス作品や工房とついたが作品が展示される展覧会は見たことはありましたが、ルーベンスの工房を核にし彼の仕事を紹介する展示を見るのは初めてです。

展覧会のテーマに「工房」を入れてきたのはとても興味深いことでした。近現代では個性、創造性が重視で1人の芸術家が1人で作ったものこそ価値がある考えになっています。現代美術の村上隆やダミアン・ハーストが工房を持ち制作してるのはまた面白い話ですが。工房作というのは何かと画家本人だけの手による作品より下に見られてしまうわけですが、工房システムがなければ量産できなかったわけで今日残されている作品もぐんと少なくなりその画家に触れられる機会も極端に少なくなっていたと思います。工房作でも非常に質の高いものもあるので看過できません。

美術館にルーベンスの大作が展示されていてうわあ凄いと思って作家名を見るとルーベンス(工房)だったり他の画家がルーベンス風に描いたものであったりするとちょっとがっかりとなってしまうことがあります。今日の感覚からするとピカソやモディリアーニの絵を他人が描いたという感じになるので仕方ない話なのですが、ただ当時の工房システムを知るとまた違った見方になります。ルーベンスの手が入っていてもいなくても当時は「ルーベンス」の作品であり今日の価値感で見ているに過ぎません。作品の出来に大きな違いがあるのも事実ですが..。

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テオドール・ファン・テュルデン 《ヘラクレスとオンファレ》 17世紀 油彩、カンヴァス 191.0×168.5cm
東京富士美術館蔵
※本展の出品作品ではありません。
ルーベンスの弟子・協力者として活躍したオランダ生まれのフランドルを代表する画家。

そんなこんなでルーベンスだけの手による作品よりは工房作の方が集めやすいだろうし、質の高い工房作ならさぞ豪華で見栄えのいい展示になるのかなと見に行きました。工房作品だらけでも展覧会のタイトルになってますから堂々と展示できますしね。

本展は
第一章 イタリア美術からの着想
第二章 ルーベンスとアントワープ工房
第三章 専門画家たちとの共同作業
第四章 工房の画家たち
第五章 ルーベンスと版画制作

で構成されています。東京展では会場の構成上、三章と五章の展示順が入れ替わっています。

ルーベンスは偉大なる画家であり、母国のフラマン語、イタリア語、フランス語、スペイン語、英語などを話すマルチリンガルであり、美術品収集家でもあり、自宅や工房の設計や装飾を自ら手掛ける建築家でもあり、外交官でもありと凄すぎる人だったんですね。驚きです。

第一章 イタリア美術からの着想

アントワープで修業を終えたルーベンスは、23歳になる年の1600年、イタリアに向けて旅立ちました。修業を終えて「親方」となっていたルーベンスは、北イタリアのマントヴァで宮廷画家となります。8年間イタリアに滞在しラファエロやティツィアーノの工房経営や版画制作などを学びます。

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左:ペーテル・パウル・ルーベンス《聖ドミティッラ》 1606‒1607年頃、油彩・紙(板に貼り付け)
88.5×67.5cm ベルガモ、アッカデミア・カッラーラ蔵
右:ペーテル・パウル・ルーベンス《毛皮をまとった婦人像》 (ティツィアーノ作品の模写)
1629-30年頃 油彩、カンヴァス 91.8×68.3cm クィーンズランド美術館蔵

ルーベンスのようでルーベンスでない?《聖ドミティッラ》は29、30歳頃の作品です。ローマのサンタ・マリア・イン・ヴァリチェッラ教会堂の主祭壇画制作の際に、女性モデルにポーズを取らせて制作された習作。抑えられた色彩の中にもルーベンスのボリュームのある女性像が表現されています。《毛皮をまとった婦人像》は過去の巨匠から学んだ貴重な作品です。既に名声を得ていたルーベンスでしたがまだまだ勉強。本家より腕の肉付きがいいようでやはりルーベンスはボリュームのある肉体に美を感じていたのでしょうか。


第二章 ルーベンスとアントワープ工房

ルーベンスは母の死を機にアントワープに戻り、スペイン領ネーデルラント大公の宮廷画家に任命され、数々の注文をこなすため、工房を開設し効率的な生産体制が敷かれました。

顧客によってはルーベンスの手が一切入っていない質の悪いものを買わせることもありました。(汗)ヴァン・ダイクのような優れた助手には安心して制作をまかせていたようですが、そっちにもルーベンスの筆が全く入らなかったということでしょうか。加筆、修正が必要な作品にはルーベンスの筆が入っているとは何だか皮肉?

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左:ペーテル・パウル・ルーベンス(工房) 《自画像》 1622–1628年頃(?)油彩・板
85×61cm ウフィツィ美術館蔵
右:ペーテル・パウル・ルーベンス 《兄フィリプス・ルーベンスの肖像》 1611年頃 油彩・板
68.5×53.5cm デトロイト美術館蔵

《自画像》は展覧会の一番初めに象徴的に飾られています。《兄フィリプス・ルーベンスの肖像》、フィリプスの子供たちと推測される《眠る二人の子供》などの家族の肖像もあり何となく親しみがわく展示が嬉しいです。

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ペーテル・パウル・ルーベンス 《眠る二人の子供》 1612-13年頃 油彩、板
50.5x65.5cm 国立西洋美術館蔵 ※東京展のみ出品

兄フィリプスの子、右が1610年生まれのクララ、左が1611年生まれのフィリプスと考えられています。兄フィリプスは1611年に他界してしまいます。ルーベンスの義父ヤン・ブラントとともにこの2人の後見人になりました。父と子がフィリプスと同じ名前だし、ルーベンスの娘もクララだしややこしいな。
この作品の額が国立西洋美術館で飾ってある時と違う物になっていました。お出かけ用?琥珀のような茶系に黒いマーブル模様の入った大理石の豪華な額!と思いきや模様は描いたものでなんちゃって大理石でした。離れてみるととてもおしゃれな額なので間近でよく見ると衝撃です。

ルーベンスの娘クララを描いた作品は昨年、国立新美術館で開催されたリヒテンシュタイン展で見ることができました。現在、京都市美術館で開催されていますが、この展覧会が同時期に近くで開催されていたらそれはそれは素晴らしいことだったでしょう。相乗効果も凄かったのではないでしょうか。

《眠る二人の子供》の展示が東京展のみだというのが残念です。せっかく《聖母子と聖エリサベツ、幼い洗礼者ヨハネ》と一緒に見ることができる絶好の機会だというのに。どうして一カ所だけなのでしょうかね?板絵だからという理由だったら海外から来てる作品はほとんど板絵ですから理由にならないですよね。きっとその理由だと思うのですが神経質になり過ぎではないでしょうか。海外から借用してくる紙作品や板絵は会期中展示替えなしで国内を何か所も巡ったりしますけどどうなってるのでしょうか。海外に長期あちこち貸し出すのとは別で国立の美術館蔵で国民の財産なわけですし。ちょっと腑に落ちません。

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ペーテル・パウル・ルーベンス(工房) 《聖母子と聖エリサベツ、幼い洗礼者ヨハネ》
1615-1618年頃 油彩、カンヴァス 154×119cm パラティーナ美術館蔵

質の高い工房作です。人気作で同じ構図の作品が何点かあるようです。肌や髪の毛、布の光沢など見事でした。実物より画像の方が綺麗に出ている感じがします。実物はもっと暗いイメージがありました。

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ペーテル・パウル・ルーベンス 《聖母子と聖エリサベツ、幼い洗礼者ヨハネ》
1618年頃 151x113cm ティッセン=ボルネミッサ美術館蔵 ※参考画像

所蔵館は工房作と記していませんが、こちらはルーベンスだけの手による作品なのでしょうか?衣装の色が上の作品と一部異なっています。上の作品に比べると光沢が抑えられています。聖母子の顔や肌などの描写もマットな感じですがこちらも美しく素晴らしい出来だと思います。

この作品で私にとって非常に驚くべきことを知りました。ヨハネの頭部はベルリン美術館蔵の《小鳥と遊ぶ子供》から、キリストの頭部は国立西洋美術館蔵の《眠る二人の子供》の左側の子供の頭部を反転させて使われています。《眠る二人の子供》は習作というのは知っていましたが、その構図のまま完成作があるのかと思っていたのですが、工房でこのような使われ方をされていたとは目から鱗でした。転用の一例は本展でこの作品だけでしたが、こういった習作と転用した作品が沢山あるということでしょうか。是非色々見てみたいと思いました。

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ペーテル・パウル・ルーベンス 《小鳥と遊ぶ子ども》1616年頃 油彩、板 49x40cm
ベルリン美術館蔵
※本展の出品作品ではありません。

スペイン国王フェリーぺ4世の命でマドリード郊外に建てられた狩猟館「トレ・デ・ラ・パラーダ」を飾る神話画の油彩スケッチ6点《プシュケと眠るクピド》、《ディアナとエンデュミオン》、《アポロとダフネ》、《パンとシュリンクス》、《グラウコスとスキュラ》、《ヘラクレスの犬による紫の発見》が展示されていました。「トレ・デ・ラ・パラーダ」を飾る神話画は122枚か123枚制作されたといい、そのうち62枚か63枚をルーベンスが手がけました。油彩スケッチは全てルーベンスが手がけました。そんな凄い壁画の館があるんだと思ったのですが、1714年にトレ・デ・ラ・パラーダは焼失してほとんどの壁画も失われてしまったとのこと。今回来ている習作の完成作も残っていないものばかりで非常に貴重な資料です。残った完成作たちはプラド美術館に収蔵されています。

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左:ペーテル・パウル・ルーベンス 《アポロとダフネ》 1636年頃 油彩、板 28.5×27.5cm
ボナ=エルー美術館蔵
右:コルネーリス・デ・フォス 《アポロとダフネ》 プラド美術館蔵 ※参考画像

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左:ペーテル・パウル・ルーベンス 《ヘラクレスの犬による紫の発見》 1636年頃 油彩、板
ボナ=エルー美術館蔵
右:テオドール・ファン・テュルデン 《ヘラクレスの犬による紫の発見》 190x211cm 油彩、カンヴァス プラド美術館蔵 ※参考画像

この壁画の制作に記事冒頭の東京富士美術館収蔵作家テオドール・ファン・テュルデンも携わりました。《ヘラクレスの犬による紫の発見》の完成作はテオドール・ファン・テュルデンが担当しました。この展覧会を見て調べて知りましたが、日本の美術館にもそんな作家が収蔵されていたとは驚きました。

第三章 ルーベンスと版画制作

当時重要視されていたのは、画家の「構想」。それを正しく伝えるため、ルーベンスは自らの監督下、複製版画制作に乗り出します。(ホームページより)

ルーベンス作の版画が一点だけありましたが、それ以外は他作家によるものでした。原画はルーベンスが描きましたが、制作は他作家。餅は餅屋ってわかっていたのですね。特にリュカス・フォルステルマンの作品の質は群を抜いておりルーベンスが絶大な信頼を寄せていたのがよくわかります。ルーベンスの絵を版画にしなさいと言われてこの作品を作り上げるとは見事です。監督下ということですからああしてこうしてという巨匠の注文を形にしたわけでリュカス・フォルステルマンもピカイチの芸術家です。出来上がった版画にルーベンスが満足せず白や褐色の顔料で修正し、作り直し!というような赤ペン先生みたいな制作過程が垣間見れる作品もあり興味深かったです。

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リュカス・フォルステルマン(ルーベンス原画) 《キリスト降架》 1620年 エングレーヴィング、紙
59×44cm アントワープ王立美術館蔵

第四章 工房の画家たち

アントーン・ヴァン・ダイク、ヤン・ファン・デン・フッケ、アブラハム・ファン・ディーペンベーク、ヤン・ブックホルストなど、ルーベンスの工房で活動した経験を持つ画家たちの作品が展示されています。
ルーベンスの工房作だけでなくそれぞれの画家たちの作品が並ぶのも本展のミソ。

アントーン・ヴァン・ダイクはとても有名ですけどその他の作家は馴染みがない画家が多かったです。やはりルーベンス風といってよい作品が並びます。ルーベンス工房で活躍し、後にイギリス宮廷画家になったアントーン・ヴァン・ダイクはこれらの作品の中でも特に光っていました。

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アントーン・ヴァン・ダイク 《悔悛のマグダラのマリア》 1618–1620年頃
油彩、カンヴァス 99.5×73cm 個人蔵、日本

ルーベンスに学んだことが一目でわかるもヴァン・ダイク独自の画風です。肌、赤く腫れた目、こぼれる涙の粒など素晴らしくとても美しい1枚でした。この作品どこかで見たことがあるなと思ったら日本に長らくある作品でした。2004年、毎日アートオークションに出品されていた作品でカタログでしか見たことがなかったのですが非常に美しい作品なので目に焼き付いていました。このセールには日本に長らくあったマティスの油彩2点が出品されてそちらの方が話題になっていました。このセールでは伝ヴァン・ダイクだったか帰属作品として出品されていて予想落札価格は500~600万ほどだったのでお得とか思ってました(笑)。結果は1000万ほどで落札されたようです。真筆だったら10倍以上!?

南アフリカのジョセフ・ロビンソン旧蔵で1969年東京で開催された「英国の美術展」以来44年ぶり!の一般公開となりました。ほとんど研究者の目に触れたことがなく作者同定をめぐって十分な議論もされたことがなく2004年ヴァン・ダイクの絵画総作品カタログから除外されたとのことです。チラシには個人蔵、日本と記載されていたにも関わらず美術館のホームページ、会場のキャプション、カタログには日本の記載がありませんでした。

第五章 専門画家たちとの共同作業

ヤン・ブリューゲル(静物・動物・風景画家)、フランス・スネイデルス(静物・動物画家)、ヤン・ウィルデンス(風景画家)らが単独で制作した作品とともに、これらの専門画家たちが、ルーベンスら人物画家たちとともに制作した作品を展示して、アントワープにおける共同制作の流行を紹介します。(ホームページより)

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ルーベンスの工房だけでなく他の画家たちとの共同作業にもスポットが当てられています。ルーベンスの工房を詳しく見るのは初めてですしルーベンスの助手ではなく工房を持つような専門画家との共同作品にも焦点が当てられてるのも初めて見ます。

画風を統一させることなくそれぞれが共存します。この時代の人物、動物、静物、風景など共同作業で描かれた作品をいろんな展覧会で見てきましたが言われてみると意外と違和感がないのが面白いですね。ルーベンスと他作家の共同作品は人物と動物が描かれた《熊狩り》1点だけでしたが、人物はルーベンス、静物はスネイデルスによる作品の例が写真パネルで展示されていて人物と果物がお互いに引き立てあっているような見事な画面でした。これは実物が見たかった!

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上:ペーテル・パウル・ルーベンスとフランス・スネイデルス、および工房 《熊狩り》 1639-40年 油彩、カンヴァス 130.8×196.9cm ノースカロライナ州立美術館蔵
下:ペーテル・パウル・ルーベンス 《熊狩り》 1639年頃 油彩、板 26×53.7cm クリーヴランド美術館蔵 ※参考画像

フェリペ4世のために制作された8点からなる狩猟を主題とする連作のうちの1点です。1734年の火災で6点が焼失し今日ではこの作品と《サテュロスたちに襲われるディアナとニンフたち》プラド美術館蔵の2点が残るのみです。完成作の右画面で犬の目から先が切れていて不自然な構図だなと思ったら火災で3mのうち1mが失われているとわかりました。不出品ですが習作では本来の構図を見ることができます。右側が失われた完成作でも十分躍動感と迫力がありますが、習作の流れるような美しい構図も見事。完成作では人物の表情だけルーベンスが担当したようです。完成作は焼失してしまった《シルウィアの鹿の死》の習作も展示されていました。こちらも動物や人物の動きが激しいダイナミックな構図で大作の完成作8点に囲まれたらそれはそれは大迫力の興奮だったと思います。

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ペーテル・パウル・ルーベンス 《シルウィアの鹿の死》 1639年 油彩、板 フィラデルフィア美術館蔵

ヤン・ブリューゲル(父)の工房の画家による《ガラス製の花瓶の花》の出来も素晴らしかったです。工房作でも非常に質が高い作品でした。ヤン・ブリューゲル(子)の作品もありました。父子両方ともルーベンスとの共同作品を残しましたが残念ながら本展には出品されていませんでした。

本展にはルーベンスの油彩23点、ルーベンスと工房による油彩3点、工房の油彩3点と意外とルーベンス本人による作品がほとんどで工房作がとても少なかったです。工房作で水増しできるからよかったねなんて思ってすみませんでした。しかし工房作が沢山あっても何の不満もなく返ってもっと工房作を見たいと思いました。
ルーベンスだけの手による作品と同構図の工房作の比較という例は残念ながら本展にはなかったのでそんな展示も見てみたいと思いました。

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ヤーコプ・ヨルダーンス(に帰属) 《ソドムを去るロトとその家族》(ルーベンスの構図に基づく》
1618-20年頃 油彩、カンヴァス 169.5×198.5cm 国立西洋美術館蔵
※本展の出品作ではありません

国立西洋美術館に非常に興味深い作品が所蔵されています。本展にはリュカス・フォルステルマンによるこの作品の版画が出品されていました。

この作品には寸法と構図が微妙に異なる作品が3点知られています。(リングリング美術館、バース美術館、個人蔵)1993年の7月から8月のわずか一か月半ほどの会期で国立西洋美術館で「ソドムを去るロトとその家族-ルーベンスと工房」という小展覧会が開かれリングリング美術館とバース美術館の油彩画、フォルステルマンの版画、版画の為の下絵素描が国立西洋美術館の作品と共に展示されました。私が展覧会に通い出すのが1993年の夏ですが、この展覧会を知りませんでした。見られなかったのがとってもとっても残念です。国立西洋美術館に通い出すのはその次の展示の9月からの「ヴァチカンのルネサンス美術展: 天才芸術家たちの時代」。あー悔しい。

リングリング美術館の作品には弟子の手が入っているものの圧倒的な質の高さからルーベンスのオリジナルとされ、バース美術館の作品はそれに基づく工房作。国立西洋美術館の作品は、ルーベンスの監督下に制作された工房作と見なされてきましたが、バース美術館の作品に基づく自由な模写と推定されるとのことです。逞しい肉体や表現と冷たい薄紫色を根拠に、ルーベンスの若き協力者であったヤーコプ・ヨルダーンスの最初期の作と言うのが現時点では有力視されています。(国立西洋美術館名作選より)

このオリジナル、工房作、模写?の油彩や版画、下絵の比較なんて本展にぴったりですね。タイムスリップしたい(笑)

ルーベンスのイタリア滞在の影響を示すあまり見慣れない画風の作品、ルーベンスの工房や共同制作がどんなだったのかがわかる大変勉強になる展覧会でした。

Bunkamuraザ・ミュージアム 3月9日(土)~4月21日(日)
北九州市立美術館本館        4月28日(日)~6月16日(日)
新潟県立近代美術館         6月29日(土)~8月11日(日)

国内三カ所で開催されます。

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コレクター 鈴木常司「美へのまなざし」 ポーラ美術館

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ポーラ美術館で開催中のコレクター 鈴木常司「美へのまなざし」を見てきました。

開館10周年を記念して2012年から3期に分けて開催されている展覧会です。現在、第Ⅲ期の「杉山寧とポーラ美術館」が開催中ですが、第Ⅱ期の「モネとポーラ美術館の絵画」を鑑賞しました。第Ⅰ期の「ピカソとポーラ美術館の絵画」も見たかったのですがずるずると第Ⅱ期の最終日に...(笑)。2002年の開館以来初のモネ19点一挙公開をギリギリ見ることができました。

現在まで23の展覧会が開催されていますが、13の展示を見てきました。全て通いたかったのですがなかなか叶わず。

今まではコレクションから作家や時代などに焦点を当てて開催されてきましたが、今回はこのコレクションの生みの親であるポーラ創業家二代目である鈴木常司氏(1930-2000)とその作品たちに焦点を当てた展覧会です。

ポーラ美術館のコレクションは鈴木常司氏が1950年代末から40数年をかけて収集した作品群です。総数約9,500点におよぶ、西洋絵画・日本の洋画・近現代の日本画・版画・彫刻・東洋陶磁・日本の近現代陶磁・ガラス工芸・化粧道具など多岐にわたるコレクションは、戦後の個人コレクションとしては質・量ともに日本最大級の規模を誇ります。(ホームページより)

特に印象派とエコール・ド・パリの西洋絵画のコレクションは日本最大級ではなく日本最大と言っても過言ではありません。絵画ではモネ19点、ルノワール13点、セザンヌ9点、ピカソ19点、アンリ・ルソー8点などと日本の美術館では考えられない規模です。フランス近代絵画の殿堂と言っていいと思います。スーラやムンクなど日本ではあまりお目にかかれない作家の油彩もあり、所蔵していない作家を探す方が大変というようなコレクションです。

本展は最初期の収集品や美しい女性像など12のテーマで構成されています。鈴木常司氏は1954年、23歳の時にコロンビア大学入学準備のためニューヨークへ移るものの3月に父親が急逝し留学を中断、帰国しポーラ化粧品本舗の二代目社長に就任します。

最初のコレクションは1958年、28歳のときに静岡市の田中屋(現・伊勢丹)というデパートでレオナール・フジタ《誕生日》と、荻須高徳《バンバラ城》を購入します。亡くなる2000年まで収集を続けます。

会場内に机や本棚とともに絵画などが飾られポーラ五反田ビルの会長室の雰囲気が再現されています。本棚には画集が並んでいました。息抜きしたいときとかパラパラ見ていたのでしょうか。

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レオナール・フジタ(藤田嗣治) 《誕生日》 1958年 油彩、カンヴァス

寡黙な人物であったため、コレクションについて語った言葉は多くないそうです。

膨大な数のコレクションがある中、そばに置いて親しんだ作品は限られていました。ピカソの「青の時代」の作品《海辺の母子像》は、旧会長室のいつも見える壁に飾られ、仕事上の決断に迷った時大事な決断をする時にはこの絵と必ず向き合ったといいます。(ホームページより)ピカソの画業でも重要な作品ですが、ポーラ・コレクションにとっても非常に重要な作品であります。恐らくコレクションの中で最も評価額が高い作品だと思います。

私がポーラ・コレクションと初めて出会ったのは奇しくも生まれて初めて見た展覧会、1993年に東武美術館で開催された「ルノワール展」でした。

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ピエール・オーギュスト・ルノワール 《レースの帽子の少女》 1891年 油彩、カンヴァス
(現在展示されていません)

《レースの帽子の少女》はチラシの裏側に掲載されていた白眉の1点でした。額絵も購入しました。懐かしい。他にも裸婦や風景画なども貸し出されていましたが、この展覧会ではポーラ所蔵とは記されず個人蔵となっていました。この時、既にポーラ・コレクションでしたが全く知りませんでした。

本格的にポーラ・コレクションの西洋絵画と接したのは新宿にあった小田急美術館で1995年に開催された「フランス近代絵画 光と色彩の流れ」展です。マネ、モネ、ドガ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ロートレック、ルソー、ピカソ、ブラック、マティス、モディリアーニなど今日も美術館の目玉となっている素晴らしい西洋絵画コレクションの展覧会でした。この時も大々的にポーラの所蔵品とは謳ってなかったかな。この時にはポーラ化粧品はすんごいものを持っているなと気づくことになります。

ポーラ・コレクションが初めてまとまって一般に公開されたのは静岡県静岡市で開催されたSUNPU博'89のヨーロッパ名画館でとのことです。ルノワール《レースの帽子の少女》、モネ《睡蓮のある池》、ゴッホ《あざみの花》など今日のコレクションの名品が既に形成されています。

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アメデオ・モディリアーニ《頭の後ろで両手を組み、長椅子に横たわる裸婦》 1916年 油彩、カンヴァス 60×92cm 個人蔵

ここにはモディリアーニ《頭の後ろで両手を組み、長椅子に横たわる裸婦》も展示されました。
ポーラ美術館は3点のモディリアーニの女性像を所蔵していますが、この作品は現在コレクションにはないので手放したということになります。

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左:《ルネ》 1917年 油彩、カンヴァス 61.1×50.2cm
中央:《ルニア・チェホフスカの肖像》 1917年 油彩、カンヴァス 72.8x45.0cm
右:《婦人像(C.D.夫人)》 1916年頃 油彩、板 79.5x48.5cm
(3点とも現在展示されていません)

もったいない!!この作品がポーラ美術館にあったらなあとしみじみ。2008年、国立新美術館で開催されたモディリアーニ展に出品番号28で出品されていましたが、その時は全く知りませんでした。ポーラ美術館の女性像も出品されていたので知っていたらとても複雑な気持ちになったことでしょう。

女性の美を捉えた古今東西の絵画や工芸、こどもや犬など小さきものへの愛情などと様々なテーマで国、技法など関係なく幅広く網羅した展示になっています。化粧品会社ならではの化粧道具コレクション、それから陶磁器も必見。それぞれの分野のコレクションで一つ展覧会ができるような質と量にただ驚くばかりです。

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左:岸田劉生 《麗子坐像》 1919年 油彩、カンヴァス 72.7x60.7cm
右:パブロ・ピカソ 《花束を持つピエロに扮したパウロ》 1929年 油彩、カンヴァス 130.4x97.3cm

鈴木常司氏は、2002年9月の美術館の開館を見ることなく2000年11月に逝去しました。その年にも西洋絵画、日本の洋画、東洋陶磁、彫刻などを購入。岸田劉生《麗子坐像》など名品を収集しています。1930年代のシュルレアリスムの時代の、ピカソのマリー=テレーズ・ワルテルをモデルとした丸みを帯びた女性像を入手したいと考えていたようですが遂に叶いませんでした。2000年3月、ピカソ《花束を持つピエロに扮したパウロ》が最後の収集になります。ミロ、カンディンスキーなど抽象絵画にも関心を寄せていたようでまだまだコレクションの幅が拡がる可能性が大いにあったと思うと非常に残念です。確かに抽象絵画、シュルレアリスム辺りの作品は印象派、エコール・ド・パリに比べて極端に少ないです。もし存命だったら現在でも驚くべき名画を購入しては披露してくれていたに違いありません。展覧会の為に必要な作品を新たに収集するなんてこともあったかもしれません。

鈴木常司氏が収集したコレクションの美術館という理念があったのか開館以来新たな収蔵品というのはフランス風景を写した古いポストカードなどの資料的なもの以外目立ったものはなかったと思います。収集をやめてしまうのは美術館にとって成長が止まることになってしまうので残念だなと思っていました。ポーラ美術館ほどの質と量ですとあまり気にすることではないのかもしれませんが..。

ところが2011年に2月にレオナール・フジタ(藤田嗣治)の油彩や正方形のファイバーボードに描かれた《小さな職人たち》、木製の十字架など44点が新収蔵されるビッグニュースがありました。さらに2011年8月には、初期の重要作、世界初公開作品を含む62点がコレクションに加わりました。計172点という日本最大のフジタ・コレクションが彗星のごとく誕生したのです。「レオナール・フジタ 私のパリ、私のアトリエ」展 2011年3月19日(土)~2012年1月15日(日)の会期中のこのニュースには大変驚かされました。当初9月4日(日)までだった展覧会は4か月以上も延長され新収蔵作品を加えてお披露目されました。延長後に見に行きました(汗)。最初のコレクションの《誕生日》からレオナール・フジタコレクションがこんな展開を見せようとは鈴木常司氏も天国で驚いて喜んでいることでしょう。

今年、Bunkamuraザ・ミュージアムで「レオナール・フジタ展 ~ポーラ美術館コレクションを中心に~(仮題)」2013/8/10(土)-10/14(月・祝)が開催されます。ポーラ美術館所蔵作品を中心に、初期から晩年まで約160点が紹介されるそうです。楽しみ。

次回のポーラ美術館の展覧会は
ポーラ美術館×国立西洋美術館 共同企画 「モネ、風景をみる眼-19世紀フランス風景画の革新」です。

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左:クロード・モネ 《ピンク色のボート》 1890年 油彩、カンヴァス 135.3x176.5cm ポーラ美術館蔵
右:クロード・モネ 《舟遊び》 1887年 油彩、カンヴァス 145.5x133.5cm 国立西洋美術館蔵

日本一の19点のモネを所蔵するポーラ美術館とそれに次ぐ14点の油彩(内1点は寄託作品)と2点の素描を所蔵する国立西洋美術館の夢のような展覧会。両者ともこんなにモネを持ってるので合わせて展示したら凄いだろうなと思っていたのでそれが実現するとは嬉しいです。《舟遊び》が箱根へ行くんですね。全てのモネ作品が行くわけではないようですけどほとんどが行くはず。縦横2mの《睡蓮》はさすがに行かないでしょうね。マネ、ピサロ、シスレー、セザンヌなど同時代の作家の作品と比較しながらモネの眼差しの軌跡をたどるとのことです。どの作品たちが一緒に並ぶのかも楽しみなコラボレーションです。

モネの絵画や印象派の絵画がごっそり?壁から外される国立西洋美術館の展示室がどうなるのかも楽しみです。(笑)2Fのモネの部屋には代わりに何が展示されるのでしょうか。期間限定でクールベ9点を一挙公開とか一度も見たことがない松方コレクションのエミール=ルネ・メナールの大作を含む6点の油彩とか同じく松方コレクションのアンリ=ジャン=ギヨーム・マルタンの13点の油彩とか一挙公開してほしいです。

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エミール=ルネ・メナール 《アクロポリス》 1911年  油彩、カンヴァス 112.8x249cm
国立西洋美術館蔵 松方コレクション

「モネ、風景をみる眼-19世紀フランス風景画の革新」は箱根会場のあとに国立西洋美術館にも巡回します。2013年12月7日(土)〜2014年3月9日(日) どちらの会場も見に行きたい!

今秋、箱根・小涌谷に新たに美術館が誕生します。場所は箱根小涌園ユネッサンと箱根ホテル小涌園の目と鼻の先です。パチンコ・スロット機器製造を手掛けるユニバーサルエンターテインメントの会長、岡田和生氏のコレクションを展示する岡田美術館(仮称)。円山応挙、横山大観、菱田春草、上村松園などの日本絵画や中国・韓国の古陶磁、曼荼羅図など宗教美術を所有しているとのこと。建物は地下2階、地上3階の5階建て。延べ床面積は約7700平方メートルで、展示面積は約5000平方メートル。「敷地面積9981平方メートル、延べ床面積8931平方メートル、2棟70室」という記事もあるのですが縮小したのでしょうか?開館が本当に楽しみです。ポーラ美術館のモネと併せて見に行きたいです。

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