美術展命の男のブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

生誕200年 ミレー展 愛しきものたちへのまなざし 前編

millet exposion

府中市美術館で開催中の「生誕200年 ミレー展 愛しきものたちへのまなざし」を見てきました。

本展は山梨県立美術館、府中市美術館、宮城県美術館へ巡回する展覧会で、府中展を見に行く予定だったので山梨展はいいかなと思ったのですが、山梨県立美術館蔵の《種をまく人》は本展に含まれず、ミレー館でしか見られないとのことだったのでミレー展と合わせて是非鑑賞したいと思い山梨展にも行きました。それも織り交ぜて書きたいと思います。

ミレー関連の展覧会は今までに何度も開催されています。

日本での「ミレー展」といえる物は、1970年に西武百貨店〈渋谷〉、京都市美術館、福岡文化会館で開催された物が最初だそうです。後に山梨県立美術館に収蔵されることになる《ポーリーヌ・V・オノの肖像》、《ダフニスとクロエ》、《鶏に餌をやる女》やボストン美術館所蔵の《種をまく人》やルソーやコロー、クールベなども展示された展覧会だったとのことです。

1996~97年に平塚市美術館、福岡市美術館、京都市美術館、茨城県近代美術館で開催された「ミレーとバルビゾン派の画家たち」(前半2会場ではオルセー美術館蔵《羊飼いの少女》、後半2会場ではオルセー美術館蔵《落穂拾い》が公開)、超名画が東京外しで来日ということに当時驚いたのを覚えています。平塚会場へ見に行きました。茨城も行きたかったけど断念。

1998年に山梨県立美術館で開催された「自然に帰れ ミレーと農民画の伝統」、(落穂拾いに関連する素描が多数出品されました)。1999年に姫路市立美術館で初公開されその後日本各地で展示されたバルビゾン派の個人コレクションでは国内一の中村コレクション「ミレー,コロー バルビゾンの巨星たち展」 この2つは見られなくてとても悔しかった。中村コレクションは2002年に損保ジャパン東郷青児美術館で公開された際に鑑賞しました。

2003年にBunkamuraザ・ミュージアムと福岡市美術館で開催された「ミレー3大名画展 ~ヨーロッパ自然主義の画家たち~」では73点中、ミレーの油彩11点を含む計21点(パステルは会場により変更)が出品されました。《晩鐘》、《落穂拾い》、《羊飼いの少女》の3点が日本で初めて一堂に会した話題の展覧会でした。

2004年、名古屋市美術館、岩手県立美術館で「ゴッホ、ミレーとバルビゾンの画家たち」が開催されています。カタログを見るとミレーの作品も結構出品されていました。

他にもいくつもありますが、このように幾度となく開催されてきた展覧会の多くは、ミレーとバルビゾン派の画家たちといった括りの物が多く、ミレーに大きく比重が置かれた物に絞り、ここ30年の開催を見ると

1984~85年 「ミレー展  ボストン美術館蔵」
日本橋・高島屋/北海道立近代美術館/山口県立美術館/松坂屋本店/京都市美術館/山梨県立美術館

1991年 「ミレー展 「四季」 アース色のやさしさ」
Bunkamuraザ・ミュージアム/京都市美術館/山梨県立美術館

2001年 「ミレー 心の旅 ノルマンディからバルビゾンまで  シェルブール、トマ・アンリ美術館コレクションを中心に」
メルシャン軽井沢美術館(ミレー油彩33点を含む88点、その他画家約20点) 

2002年 「人と自然へのあたたかなまなざし ミレー展」
名古屋ボストン美術館

2002年 「ボストンと山梨のミレー」
山梨県立美術館 (ボストン美術館所蔵ミレー油彩27点、山梨県立美術館所蔵ミレー油彩9点、パステル、素描、版画など)

2013年 「ミレーコレクションのすべて」(初のミレーコレクション一挙公開)
山梨県立美術館

2013-14年 「ボストン美術館 ミレー展 傑作の数々と画家の真実」
高知県立美術館/名古屋ボストン美術館/三菱一号館美術館
(ミレー25点、その他画家39点)

最後の2013-14年版は純粋なミレー展と言っていいのかわかりませんが...。『ミレー展』は、上記くらいで、一カ所のコレクションからまとめて展示するタイプを除くと1991年のミレー展だけが各所から借りてくるタイプの展覧会となっています。1991年の展覧会は実見していませんが、カタログの内容から国内におけるミレー展の金字塔といっていい展覧会だったと思います。

そして今回の展覧会は1991年以来の各所から借用してくる展覧会でした。トマ=アンリ美術館から多くを借用していますが、その他にもフランス、イギリス、アメリカ、国内から集められていました。

~~~~

山梨会場での紹介文より

2014年は、ジャン=フランソワ・ミレー(1814-1875)の生誕200年にあたる年です。
本展はこれを記念し、国内外のミレー作品約80点によりミレーの画業を回顧します。

ミレーは、それまで絵画の主題とはなりえなかった農民の労働の様子を見つめ、宗教性をもたたえた荘厳な農民画の世界を生み出しました。その背景には、フランス初の風景画派の誕生の地となったバルビゾン村の自然豊かな制作環境がありました。また、幼い頃から育まれた自然に対する畏敬、身近なものへの慈愛がミレー作品の根幹を成しています。ノルマンディーの寒村で過ごした子供時代のまなざし、妻と9人の子どもに対する父親としてのまなざしを感じ取ることができます。

本展では、初期から晩年までの作品をご紹介するとともに、家族の肖像や生活の情景を描いた作品に焦点をあてることで、ミレーの作品世界の新たな広がりをお楽しみいただきます。

~~~~

ミレーといったらやっぱり農民画のイメージがあり、そこをメインにする展覧会が多かったわけですが、今回は家族の肖像や生活の情景を描いた作品に焦点を当てるということで、トマ=アンリ美術館の協力なくしては成り立たない展覧会です。

第1章:プロローグ 形成期
初期の作品や肖像画の多くは、トマ=アンリ美術館に所蔵されています。理由はミレーの最初の奥さんであるポーリーヌ=ヴィルジニー・オノの遺族が寄贈したからです。

fuchu milletb
《アルカディアの羊飼い》 1836-38年頃 油彩、カンヴァス 92.0×110.0cm トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

ミレーの現存する作品中、最も古い1点とのこと。ニコラ=アントワーヌ・トネイの作品を参考に描いたようです。なんだかプッサンみたいな感じがすると思ったら同じ生まれ故郷ノルマンディー出身のプッサンにも影響を受けていたようです。とてもミレーの作品に見えません。

fuchu milletf
《アラブの語り部》 1840年 油彩・カンヴァス 46.0×38.0cm トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

画像はくすんでいますが、実物は男たちの着る衣装が鮮やかに美しく描かれています。後の1844-45年作の山梨県立美術館蔵《眠れるお針子》の画面の色彩に通ずる物がありました。

fuchu milletd
《庭園の風景》 1842年頃 油彩・カンヴァス 24.7×32.7cm トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

当時流行っていたというロココ趣味のヴァトーのような雅宴画も描いており、画家の試行錯誤がわかります。

fuchu milletc
《絵画の妖精》 1842年頃 油彩・カンヴァス 21.2×16.0cm トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

《絵画の妖精》のタッチは後に「華やかな様式」といわれるパステル調の柔らかな筆触で描かれる1844-45年作の村内美術館旧蔵《鏡の前のアントワネット・エベール》のタッチを既に先取りしているような画面です。《糸を紡ぐ羊飼いの少女》もロココ風な雰囲気を漂わせつつ後に描かれる題材となる羊飼いが既に登場しています。

fuchu millete
《糸を紡ぐ羊飼いの少女》 1842-43年頃 油彩・カンヴァスで裏打ちした紙 26.3×32.0cm トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

第2章:自画像・肖像画

本展の特色ある目玉の章と言っていいと思います。ミレーが描いた家族、知人、注文による肖像画がずらりと並びます。1991年のミレー展では取り上げられなかったので特筆に値します。2001年のメルシャン軽井沢美術館のミレー展では、本展に並ぶ21点が出品されていたので大きくかぶります。肖像が一堂に会しており、親戚集まったーという感じの興味深い章です。

ミレーは、肖像画を120数点描いており、自画像は5点描いています。そのうち3点も(油彩2、素描1)見ることができます。

ミレーの最初の奥さん、ポーリーヌ・ヴィルジニ・オノの肖像も3点出品されています。

portrait of pauline-virginie ono

左:《ポーリーヌ・V・オノの肖像》 1841-42年頃 油彩・カンヴァス 73.0×63.0cm
山梨県立美術館蔵

中央:《青い服を着たポーリーヌ・オノ》 1841-42年 油彩・カンヴァス 73.3×60.0cm
トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

右:《部屋着姿のポーリーヌ・オノ》 1843-44年 油彩・カンヴァス 100.2×81.2cm
トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

山梨県立美術館では3点がこの並びで展示してありましたが、府中展では中央の《青い服を着たポーリーヌ・オノ》が展覧会の導入部にポーリーヌの祖母と弟と共に展示されており、3点を一緒に見ることができませんでした。う~んもったいない。3点並びの方が素晴らしく美しい光景でした。《青い服を着たポーリーヌ・オノ》は実物では一見黒い服を着ているように見えましたが、よ~く見ると暗い青で描かれています。山梨の作品も黒い服かと思っていましたが、同じ衣装を着ていて青い衣装だったと判明。《部屋着姿のポーリーヌ・オノ》は彼女が亡くなった年に完成した物です。結核を患い青白い顔は他の作品の顔色と全く違います。顔もむくんでいるように見えます。衣装の布の表現も大変美しい傑作です。

この3点が揃うのは本当に貴重な機会です。ポーリーヌの肖像は4点描かれていてもう1点はボストン美術館に所蔵されています。高知県立美術館、名古屋ボストン美術館、三菱一号館美術館を巡回中の「ボストン美術館 ミレー展」にミレーの自画像とポーリーヌの肖像が来ており、最終会場の三菱一号館美術館での展示が開幕したら東京に4点のポーリーヌが全て揃うということになります。ミレー生誕200年の年に2つのミレー展が日本で同時に開催され、ポーリーヌ4点が同時に日本に滞在するのは間違いなく今回が初めてのことでしょう。凄いことです。

Catherine Lemaire
《カトリーヌ・ルメール》 1845年頃 油彩・カンヴァス 81.0×63.0cm
トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

ポーリーヌの死後、出会った2番目の妻となるカトリーヌ・ルメールの油彩による肖像画は1点のみ残されており、村内美術館に以前所蔵されていました。今回は肖像画ではなくモデルとして描いた乱れた長い髪と肩を大きく露わにしたエロティックな《カトリーヌ・ルメール》が出品されていました。なぜポーリーヌに比べ彼女の肖像が少ないかというとその頃は肖像画以外の制作に傾倒していたからだそうです。ちょっとかわいそう...。

Portrait de Amand Ono

左:《アマン・オノの肖像(パイプを持つ男)》 1844年 油彩・カンヴァス 100.5×80.5cm
トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

右:《アマン・オノ(画家の義兄弟)》 1841年 油彩・カンヴァス 73.5×60.5cm
トマ=アンリ美術館蔵、シェルブール=オクトヴィル

ポーリーヌの弟を描いた肖像です。制作期間は3年しか変わりませんが、風貌がかなり変わっています。また描き方も大きく変わっています。初期のより写実的な肖像から伸びやかで大胆な筆さばきと美しい色彩の華やかな様式への変化がよくわかる画面でした。

山梨ではこの2作品は隣り合わせで見ることができましたが、府中では右の作品は展覧会の導入部に掛けられていたので一緒に見られませんでした。山梨ではポーリーヌの親族を描いた作品を一度に眺めることができたのですが、府中展では展示室の広さの都合でパーテーションで仕切られていたので細切れに見ることになっていたのがとても残念でした。山梨展を見なければ気にならなかったのかもしれませんが、う~んやっぱり残念。

120数点あると言われるミレーの肖像画のうち注文で描かれた物は半数にも満たないそうです。ほとんどが親族や友人などの知り合いを描いた物とのこと。

milleth.jpg

上段左
《犬を抱いた少女》 1844-45年 油彩、カンヴァス 65.0×54.5cm ユニマットグループ蔵

本展出品作品ではありません
上段右:参考画像
《鏡の前のアントワネット・エベール》 1844-45年 油彩・カンヴァス 98.0×78.0cm 旧村内美術館蔵
下段左:参考画像
《フェリックス・フーアルダン》 1841年 油彩・カンヴァス 旧青山ユニマット美術館蔵
下段右:参考画像
《ルイーズ・アントワネット・エベール》 1841年 油彩・カンヴァス ポールゲッティ美術館

本展に旧青山ユニマット美術館所蔵の《犬を抱いた少女》が出品されていたことに大変驚きました。2009年3月31日に突如閉館して所蔵品のミレー《1日の終わり》(後にゴッホが模写する作品)、モネやルノワール、ゴッホ、セザンヌなどが次々と海外オークションに掛けられ散逸していきましたが、まだユニマットグループが所蔵していたとは。《洗濯物を干す女》もユニマットグループから出品されていました。

《犬を抱いた少女》は、こどもの肖像は10点ほどしかないと言われる中の貴重な1点です。フェリックス・フーアルダンは、ミレーの生涯の親友でその妻と連れ子のアントワネット・エベールの肖像画も描いています。《犬を抱いた少女》のモデルははっきりしていないものの、アントワネット・エベールに輪郭が似ていることなどから姉と妹の肖像とも言われています。《鏡の前のアントワネット・エベール》と同じく華やかな様式で描かれた可愛らしい肖像です。

Portrait of Madame Martin
本展出品作品ではありません
《マーティン夫人の肖像》 1840年 油彩・カンヴァス 46.4cm×38.1cm 日本、個人蔵

この作品は夫婦で対作品で描かれた物です。夫で獣医のマーティン氏の肖像はクリーブランド美術館に収蔵されています。

本展に関係ないのですが、近年ミレーの肖像画でとっても驚くことがありました。2011年のクリスティーズオークションにこの肖像画が出品されました。その画像を見た瞬間に長年もやもやしていた物が一気に晴れました。

美白の女王こと、故鈴木その子さんがミレーの作品を所蔵しているという情報が昔ありました。が、どういった絵かは全くわからずにいました。テレビ番組で彼女の自宅か職場の一室が映し出された時に背景の壁にある肖像らしき絵が映りました。それがミレーを彷彿とさせる物だったのですが、小さく数秒しか映らなかったので長いこと謎でした。2011年のオークションのこの図版を見た瞬間に十数年経っていたもののこの絵だー!!と脳に電気が走りました(笑)。後にこの絵は鈴木その子さんが所蔵していたこともわかり、あの時テレビに映ったのはこの作品だったのだとすっきりしました。日本のある美術商に落札され現在日本にあります。

第3章:家庭・生活

8人兄弟の長男として生まれたミレー。自身も6男3女の父となりました。家事だったり生活の一場面などを描いた親密な作品が並びます。この章は胸を打つものがありました。

feeding her birds millet
《子どもたちに食事を与える女(ついばみ)》 1860年頃 油彩・カンヴァス 74.0cm×60.0cm リール美術館蔵 

「母鳥のくちばしからえさを与えられる巣の中のひな鳥たちの姿を連想させるように描きたかった。後ろの男は家族を養うために働いているといるということを」とミレーの伝記作家、アルフレッド・サンスィエに宛てた手紙に書いています。

子どもたちの表情や母親の座る椅子の足が浮き上がっているところや鶏が自由に闊歩している所など思わずにっこりしてしまう絵です。ミレーは6男3女の父親になりますが、この時、既に7人の子の父親で子を見つめる温かなまなざしが痛いほど伝わってきます。可愛い絵ですが、見れば見るほど胸が熱くなり思わずほろっと来るような絵でもありました。衣装の青や赤がとても綺麗でした。

milleti.jpg
《待つ人》 1860年 油彩・カンヴァス 84.5cm×121.3cm ネルソン=アトキンズ美術館蔵、カンザスシティ

タイトル通り待つ人の絵ですが、この絵の真意を知り胸が詰まる思いでした。フランス北部ノルマンディー地方の農村グリュシーの農家の8人兄弟の長男として生まれながら家業を継がずに家を離れ画家となったミレーは、グリュシーより17kmほど離れたシェルブールで修業していた21歳の時、父が亡くなった際に家業を継ぐために実家に帰りましたが、祖母の後押しでシェルブールに戻り、画家の道を進むことになります。この時、祖母が送り出してくれなかったら『画家ミレー』は誕生していなかったかもしれません。

祖母が亡くなった時は旅費が無く葬儀に行けませんでした。故郷からの母の手紙で孤独に残されている苦悩や息子に対する愛情を知ります。家族が離散していくのをどうすることもできないことにさいなまされていたそうです。

その不安を聖書外伝『トビト書』からトビアの帰りを待つ老夫婦として描きました。老母アンナは通りで物音がすると息子が帰ってきたと外に出るものの、誰もいなく盲目の夫トビトは息子はきっと帰ってくると妻を慰めるという絵です。とうとう母の葬儀にも出られませんでした。皮肉な事にこの頃からアメリカ人などの顧客に作品が高額で売れるようになります。

この絵にそんな悲しい思いが込められていたとは。夕暮れの美しいオレンジ色が憂愁を誘います。慌てて出てきたアンナに起こされたのか猫はそんなことおかまいなしで呑気に伸びをしているのが悲しい中にもユーモアが感じられます。

Jean-François_Millet_-_The_Knitting_Lesson
《編み物のてほどき》 1869年 油彩・カンヴァス 101.3cm×83.2cm セントルイス美術館蔵
山梨会場のみの展示

こちらは山梨会場のみの展示でした。山梨県立美術館蔵の《種をまく人》とこの作品が山梨のみというのが決め手で甲府へ向かったのでした。

Jean Siméon Chardin The Good Education
参考画像
ジャン・シメオン・シャルダン 《良き教育》 1753年頃 油彩・カンヴァス 41.5×47.3cm ヒューストン美術館蔵

2012年に三菱一号館美術館で開催されたシャルダン展に出品された《よき教育》を思い起こさせました。母親が娘に聖書の暗唱をさせている場面で傍らの裁縫箱は伝統的に娘に授けられるもう一つの教育を示しています。

1820年初めにロココリバイバルが起き、ミレーも初期に流行のロココ趣味の絵画を描いています。(1章の《庭園の風景》など)

《編み物のてほどき》では、母も子供の頃に同じように教わったことを娘に受け継ぐ場面が描かれていて共通するところがあります。この作品は結構大きな作品で迫力がありました。1869年のサロン出品作です。

millet Knitting Lesson

本展出品作品ではありません
左:参考画像
《編み物の稽古》 1854年頃 油彩・カンヴァス 47.0×38.1cm ボストン美術館蔵

中央:参考画像
《編み物の稽古》 1860年頃 油彩・パネル 41.5×31.9cm クラーク美術館

右:参考画像
《編み物の稽古》 1860年頃 油彩・パネル 40.4×31.5cm ボストン美術館蔵

中央の作品は昨年、三菱一号館美術館と兵庫県立美術館で開催されたクラークコレクション展に出品された作品です。左右の2作品は国内を巡回中の「ボストン美術館 ミレー展」で見られます。

yoshino millet
宮城会場のみの展示
《バターをかき回す女》 1868-70年 油彩・カンヴァス 97.5×60.0cm 吉野石膏株式会社蔵、山形美術館寄託

この作品を見たかったのですが、 宮城展のみの展示です。版画は展示されていました。今年、損保ジャパン東郷青児美術館で開催された「ゴッホの原点 オランダ・ハーグ派展 近代自然主義絵画の成立」に出品されていたのですが、大好きな作品なのでミレー展でも是非見たかったです。 

1991年のミレー展に出品された時はアメリカのマサチューセッツ州、モルデン・パブリック・ライブラリー蔵でした。1996年に池袋にあった東武美術館で開催された「印象派はこうしてうまれた」に出品された時は吉野石膏株式会社蔵になっていて日本に入ってきて嬉しかったのを覚えています。

右奥から外光が入ってきていますが、本来室内はもっと暗いはずです。農婦の左前方から光が当たっています。左側に窓があるという設定でしょうか。すり寄る猫がかわいすぎ。

この作品の関連作は油彩3点、パステル2点、素描10点、エッチング1点と複数制作しています。

millet Woman Churning Butter

左:参考画像
《バターをかき回す女》 1848-51年頃 油彩・パネル 56.8×35.8cm ボストン美術館蔵

中央:参考画像
《バターをかき回す女の習作》 1855-56年 鉛筆・コンテ・トレーシングペーパー 20.2×14.6cm ボストン美術館蔵

右:《バターをかき回す女》 1855年 エッチング・紙 17.9×11.9cm 個人蔵

ボストン美術館蔵の油彩画は「ボストン美術館 ミレー展」に出品されます。ボストンの作品は吉野石膏株式会社蔵の作品より20年近くも早く描かれています。暗い室内でいかにも重労働という感じで顔にも影ができ陰鬱な雰囲気さえ漂っています。1855年のエッチングで猫が登場し孤独感が薄まります。

milletn.jpg
参考画像
《バターをかき回す女》 1866年 パステル、黒鉛・紙 122.0×85.5cm ルーヴル美術館蔵(1986年 オルセー美術館へ移管)

ルーヴル美術館蔵の1866年のパステルで右奥に外が見えるようになりました。吉野石膏株式会社蔵の作品は少しずつ変わっていき追究された《バターをかき回す女》の最後の作品で1870年、生涯最後のサロン出品作です。そんな作品が日本にあるのって凄いことです。
関連記事
スポンサーサイト

コメント


管理者にだけ表示を許可する
 

ミレー展

府中美術館のミレー展をご覧になったのですね。私は三菱一号館美術館でミレーの作品展をみてきましたので、私が見たことのないミレーの作品についてご丁寧なご説明、ご感想を興味深く読ませていただき、兵編勉強になりました。
私が見た三菱一号館美術館の作品も含めて、ミレーの作品には貧しい農民への温かいまなざしを感じます。ミレーは、大地に根ざし働く農民の姿に日々の労働を慈しむ気持ちや、故郷を愛する心、身の回りの人々に対する慈愛を感じながら描いているように思えて大変魅力を感じました。

私は三菱一号館美術館の美術展で観た作品に過去に来日したミレーの代表作も含めて、ミレー絵画の特徴や魅力を整理してみましたので、読んでいただけると嬉しいです。ご意見やご感想など何でも結構ですのでコメントいただけると感謝致します。

dezire | URL | 2015-01-09 (Fri) 17:30 [編集 ]


 

トラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。